忍者ブログ
どこをみているの
2025/02/07  [PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2013/05/16  All Light
「俺が殺したようなもんだから」
かなちゃんの、大きく見開いた瞳から水飴のようにドロリと涙が落ちていった。フローリングの一点を見つめる彼に、私の声は今、とどかないことはよくわかっていた。
一粒落ち、また一粒落ち、水たまりがどんどん大きくなっていく。手をついたままの指先がじわりと濡れた。
かなちゃんの遠い親戚から送られてきた、分厚い手紙もよく水を吸う。水性ペンのインクがどろりと、紙に滲んでいた。
「あんな親に和左が殺される前に、俺が殺しておけばよかった、それでよかったんだ」
「かなちゃん」
それでも言わずにはおれなかった。彼は今、ここにいて、私の向かいで泣いている。それが、本当のかなちゃんで、ここは、雨の中の、かずくんが放り出された田んぼの真ん中ではない。失われた温度は戻りはしないけれど、戻らないものほど恋しくもあるけれど、どうか、自分がいるのはここなんだと、忘れないで欲しかった。
「かなちゃん」
「本当に、かずは本当に泣かなくて、おとなしくて、俺なんかよりよっぽど頭が良くて、優しくて、和左が死ぬのは、間違ってる。俺が、本当は、俺が、止められたはずで、それで、かずは、だから、」
「かなちゃん、」
「和佐、ごめんな、和佐、ごめんな」
かなちゃんが泣き崩れる。私はただ、何もできないまま、崩れたかなちゃんの、ぐしゃぐしゃに乱れた髪の毛をそっと撫でた。汗の匂いがふと漂う。かなちゃんの、涙の匂いかもしれなかった。濃厚な、悲しみの匂いだった。

拍手

PR

2013/05/13  (no subject)
クソッタレ。
その呟きがテンパの耳元をかすめた瞬間に、ツァムジューの顔は程近く、何かを尋ねようとする間もなく、唇が触れる。毒々しいほど濃いタバコの味が、ツァムジューの舌を伝いテンパの舌に届く。砂煙のような味もする。驚き、跳ね除けたが、ツァムジューは普段と変わらないひょうひょうとした顔をしてみせた。
「……何を、」
「坊さんの驚いた顔、見たくてな」
「愚弄するな」
「お前、本当に、分かんないのかよ」
ぱたぱたと、布製の屋根に雨粒がぶつかる音がし始めて、あっという間に土砂降りになった。臙脂色の僧衣がより、色を濃くしていく。あらわになっている左肩に、ツァムジューの手が置かれた。ヤケドをしてしまいそうなほど、熱い。また払い除けてやろうと思っていたのに、テンパは動けずにいた。ツァムジューが、おそらく、初めて茶化すことなく自分を、見ている。
漆黒の、瞳に、自分が映っている。
その事に、慄き、そしてまた、興奮すらしているのだった。
ツァムジューの顔がまた近付いてきて、今度は抵抗なく、キスをした。
「……慣れりゃ、こっちのもんだろ。なあ、テンパ」
突き放そうとツァムジューの胸に手をついたまま、抱き締められる。同じような体格の、同い年の男に抱き締められる感覚は、如何とも言い表せられない愛おしさと悲しさが同時に湧き上がってくるものだった。
「お前も、俺のこと好きだろ」
答えない。答えられなかった。答えてしまえば、今の自分も、これからの自分も否定することになる。答えてはならない質問だった。
ツァムジューが急かすようにまた、唇を貪ってくる。二人を濡らす雨が、くっついている唇だけを避けて流れていく。僅かに口腔に流れ込んだ雨は、どこかホコリ臭い。
「っつ」
テンパの口端に鈍い痛みが走る。ツァムジューの口元と、にっと笑った歯に赤いものが付いていた。噛み付いたのだと気づく。
「……なんてこと、」
「俺は、お前とヤリたい。テンパ、お前と」
「ツァムジュー、私は、」
「なあ、テンパ」
じりじりと壁際に追いやられる。雨は、より一層勢いを増し、二人を濡らす。濡れたツァムジューの黒いTシャツは彼の体に張り付いており、その下につく薄い筋肉の存在を主張させていた。
自分とは違う道を歩んできた、同じ名前を持つもう一人の少年。もう一人の自分。
なぜ私たちの道は交わったのだろう。
仏の采配か、試練か、こんなにも辛いことを。

+++

力尽きる。

拍手


2013/05/13  Thnks MM
「母の日、何かする?」
深夜にお兄ちゃんから電話がかかってきた。
正月に帰ってきたり、お父さんの病気が見つかって入院したときにお見舞いにきたり、二年近く家に帰ってこなかったとは思えないほど、頻繁にお兄ちゃんは家に帰ってきていたけれど、最近は仕事が忙しくてめっきり連絡もなく、声を聴くのは久しぶりだった。遅くにごめんね、と謝る優しい声色は少し疲れてもいた。
「今、仕事おわったの?」
「帰り道だよ。弘子は起きてた?」
「うん、テスト近いの。ちょうどいい息抜きになったよ」
「そっか。そう、それで、母の日だけど……次の日が休みだから、何かできたらいいかなと思ったんだけど」
「……お兄ちゃんのごはん、食べたいと思う、お母さん」
「……そうかな」
「そうだよ。私も食べたいし、お父さんもきっと食べたいよ。私、学校だけど、手伝うから」
「そっか。ありがとう。また、連絡する」
「うん」
「おやすみ。あんまり、頑張りすぎないようにね」
「うん」
暫く沈黙して、もう一度おやすみ、とお互いに言ってから電話を切った。手の中にある小さな機械が、少し、熱を帯びていた。

母の日の翌日の月曜日、私が学校から帰ってくると、玄関の外にはとてもいい匂いが漂っていた。甘いような、香ばしいような、とにかくおいしそうな匂いそのもので、私は胸がはずむ。
そういえば、お兄ちゃんが二年ぶりに家に帰ってきたときも、こんな匂いがしてた。お母さんが、いろんな、それはそれはいろんな料理を作って、お兄ちゃんと、お兄ちゃんの恋人と、私たち家族三人ではとてもじゃないけれど食べられない量だった。その日だけは、飼い犬のハルもちょっと豪華なドッグフードだった。
「ただいま」
無遠慮なほどに大きな音をたてるドアにももう慣れたらしく、ハルが我が物顔で走ってくる。飼い始めて半年たつけれど、ハルの肥満を気にしてお父さんもお母さんも餌を控えめにやるせいか、私が見たことのある柴犬よりも一回りほど小さい。かちんかちんと爪が廊下にあたる音が響く。中に上がると鬱陶しいほど足元にまとわりついてきて、そうとう喜んでいる。お兄ちゃんが帰ってきてうれしいのは私だけじゃないみたい。
リビングにはもう帰ってきていたお父さんが新聞を読んでいた。寡黙なお父さんは私を見るとおかえり、と言ったきりで、私の足元でしっぽを振り続けているハルを抱きかかえると、ケージの中に入れた。それでもハルは嬉しそうで、くるくると踊るように回っている。思わず笑えた。
「おかえり」
「ただいま。お兄ちゃん、おかえり」
「うん、ただいま」
キッチンにはエプロン姿のお兄ちゃんと、その手元を見ているお母さんがいた。流しの白いLEDライトに照らされるお兄ちゃんは、顔だけ見ると妹の目から見ても中性的だったけれど、髪の毛をばっさり切って、ベリーショートのような短さになっているので男の人にちゃんと見える。紺色のエプロンは自前のようだった。
「お母さん、お兄ちゃんから教わってるの」
「そうそう。やっぱりコックさんだから手際が良いよ」
「母さんが近くで見るから落ち着かないんだよ。弘子、お茶いれて向こうに連れてって」
「うん。お母さん、あっち」
「はいはい」
お母さんは嬉しそうに笑って、リビングに移動した。私はお父さんとお母さんの分のお茶を入れて出し、急いでセーラー服を着替えて階下に降りた。二階にもいい匂いは巡っていて、それだけで幸せな気分になる。
「弘子はお皿並べてくれる。白いお皿と、紺色の小鉢、あったよね」
「うん」
「あとフォーク。お箸も。僕のカバンにクロス入ってるから、それ敷いてからね」
「うん」
普段テーブルの上に載っているものが全部片づけられていて、お兄ちゃんのトートバッグだけが乗っていた。その中を見ると赤いテーブルクロスが入っている。ばさっと広げると、洗剤のいい匂いがする。お兄ちゃんの、と尋ねると、お店のやつを借りてきた、と、手元を見たまま答える。勝手にいいの、とまた聞くと、大丈夫、僕もそれなりの立ち位置だから、と笑った。
「弘子、白い大皿持ってきて」
言われたとおり、大皿を出すといつのまに出来上がっていたのかお兄ちゃんがフライパンからスパゲッティを載せた。バジルのいい香りがする。突然お腹が空いたようにぎゅう、と鳴った。私が大皿を持ったまま、お兄ちゃんはきれいな山の形にスパゲッティを盛り付けて、プチトマトを回りに飾る。それだけでお店の料理になる。
そのあとも私はお兄ちゃんの言われるままに動いて、冷蔵庫で冷やされていたニンジンの千切りサラダや蕪とツナのわさび和え、オニオングラタンスープをテーブルに並べた。あっという間にいつもの江野家のテーブルが、お店のディナーテーブルに代わっていく。最後にワイングラスを並べて、完成。今まで、何度もご飯を作ってくれてはいたけれど、こんなに本格的に作ってくれたのは初めてだった。
「できたよ」
お父さんとお母さんがテーブルにやってきて、おお、と感性を上げる。お兄ちゃんは、全部家で簡単に作れるものばっかりだけど、と、照れ臭そうに笑った。

食後、デザートまで用意しきれなかったというお兄ちゃんが、コンビニまで買いに行こうといったので、二人で出かけることにした。明日はここから仕事に行くから、と、お兄ちゃんは白いスニーカーを履きながら言った。
「ハル、早いよ」
どうしても行きたそうにケージでくるくる回っていたので、お母さんがしかたなくリードをつけてくれて、私とお兄ちゃんとハルで夜の道を歩く。よく晴れた夜空にはぽっかりと白い月が浮かんでいた。春ももう終ろうとして、少し湿気のある空気が夜を満たしている。4月ほどは冷えないで、気持ちのよい空気の冷たさだった。ハルはどんどん先に進んでいく。
「ハル、って、犬が呼ばれるたびに自分かと思うよ」
お兄ちゃんの声に、ハルが反応して立ち止まる。人間みたいだよね、と笑う。
「弘子は、彼氏とちゃんとうまくいってる?」
「うん、ま、なんかそれなりに」
「それなりにってなんだよ」
お兄ちゃんが笑いながら手を伸ばしたのでリードを渡した。ハルはぐんぐんと夜の中を歩いていく。
二月の終わりにできた彼氏とは、一緒に勉強をしたり映画を見に行ったりしてる。この間は初めて手を繋いでキスをした。相手がメガネをかけているので、どうしたらいいんだろう、って二人で考えているうちに何度か失敗して、四回目でちゃんと口と口が合わさって思わず笑った。お兄ちゃんも、付き合っている人――泉さんと、こんな風に過ごしたりするのかな、とたまに考えたりする。私は女で、相手は男だけれど、お兄ちゃんたちはお互い男どうしだから私とは違うのかもしれないけれど、私が彼氏といて楽しいと思うように、お兄ちゃんにも楽しいと思う時間があるんだったら、それは嬉しいことだと思う。聞いていいのか悪いのか考えているうちにコンビニについてしまって、いろんな種類のプリンを四つ買った。来た道を戻る。
ハルは行きとは違ってちょっと疲れたようで、私とお兄ちゃんの歩くペースより少し遅く隣を歩く。ちっちっちっち、と、規則正しい爪の音がしていた。くしゅん、と、くしゃみが一つ出る。
「寒い?」
「ううん。鼻かゆくなってきた」
「花粉症じゃないの」
「そういえば、彼氏がね、花粉症で四月なんか授業中ひどくって――」
お兄ちゃんは私の話を楽しそうに聞いてくれる。うんうん、と相槌を打って、くすくす笑った。今なら、聞けそうだ。意を決して言葉をつづける。
「――お兄ちゃんは、泉さんと、どう」
その問いにお兄ちゃんは一瞬真顔になり、そして伏し目がちになり、最後にちょっと疲れたように笑った。
「別れちゃった」
「えぇ?」
「ちょっと前に、別れちゃったんだ」
「…………そうなの……」
予想外の言葉に私も言葉が続かなくなる。勝手に頭の中で泉さんの優しげな顔が思い浮かんで、彼氏の顔も思い浮かんで、自分が別れることを想像したら無性に悲しくなった。でも、不思議なことにお兄ちゃんはそこまで悲しんでいないように見える。それは私より年上だからか、お兄ちゃんだからなのか、わからないけれど、寂しそうだけれど悲しそうではない。
「……嫌いあって、とか、喧嘩した、とかじゃないよ。けど……えーっと……イズミにはイズミの人生があって、僕には僕の人生があって……たとえば、弘子は今、彼氏と一緒にいて楽しいだろ。僕は、イズミと一緒にいた時間、そうだったし、彼もたぶんそうだったと思うんだけど、」
「じゃあ、なんで別れちゃうの?私、言ってること子どもっぽい?」
家の前につく。ハルは玄関を通り越して裏庭の方に回っていった。リビングの窓から中に入れてもらうつもりなんだろう。さっきまで力なく歩いていたのに走って消えて行ってしまった。
「子どもっぽくない、全然。でも、タイミングっていうか、別れた方がいいなって思う瞬間があったんだ。きっと、一緒にいたんじゃあ、僕もイズミも立ち止まったままなんじゃないかっていうかさ。イズミには、もっと、幸せになってほしかったから」
「……幸せになってほしいから、手放すってこと?」
「ちょっと違うけど、ちょっと合ってるかな。寒くなってきたから、入ろう」
「うん」
その話はそれで終わって、リビングでみんなでプリンを食べてコーヒーを飲んだ。お父さんもお母さんも、お兄ちゃんが別れたことは知っているのか気になったけれど、私が言うことでもないので黙っていた。幸せになるためなのに、悲しい選択をするっていうのが私にはいまいちわからない。でも、二人で決めたことなんだろうな、とも思う。けど、やっぱり悲しい。

夜、寝る前に彼氏に電話すると、もう寝ていたらしい彼は大丈夫大丈夫、と咳払いを一つした。
母の日にお兄ちゃんが帰ってきたこと、夕飯がジェノベーゼというバジルのスパゲッティだったこと、そして、お兄ちゃんが恋人と別れてしまった、ということを話した。彼は、ふうん、とか、へえ、とか、ちょっと気のない返事をするように聞こえるけれど、存外真面目に聞いてくれている。なんか、納得いかない、と私が少し息巻くと、掠れた声で笑った。
「なんで笑うの?おかしくない?そんなことないのかな」
「まあ、ふつうだったら好きな人と別れるって変だよなあ」
「でしょう?別に、二人が決めたことだし、私が口出すことでもないけど」
「うん。でも、ひろは、ちょっと納得いかないんでしょ」
「うん。そういうの、が、恋愛の機微、とかいうの?」
「俺にもわからんけど」
彼はまた笑い、そして少し真剣に言う。
「けど、相手の幸せを考えてのことだったんなら、その選択は、自分にとっても幸せだったんじゃないのかな。そんだけ、好きあってたって、ことだろ」
「そう、なのかなあ。あえて自分が悲しむことが?」
「お兄さん、悲しそうだったの?」
月明かりの元、お兄ちゃんは少し頼りなげで寂しそうではあったけれど、悲しそうではなかった。何が違うのか、自分でもよくわからないけど、きっと大丈夫なんだろう、と、私は思っていた。
「悲しそうでは、なかったかも。寂しそうではあった」
「そうなんだ。悲しくないのなら、いいんじゃないの」
「そうかな。寂しいのも、悲しくない?」
「うーん……でも、寂しいのは、きっとまた、埋まるんだと思うけど、俺は」
「そんなもんかな」
「たぶん? 俺は、今、寂しいの埋まったけど。ひろの声聞いたら」
「ばーか」
彼はけたけた笑い、お互いにもう少し話してから電話を切った。
テストの日までに出さなければいけない提出物がいくつかあったけれど、もう眠かったのですぐに布団にもぐる。さっきまで使っていたせいで熱を持ったままの携帯電話が、冷たくなった指先に気持ちいい。寂しさが埋まる感覚ってこんな感じなのかもしれない。
お兄ちゃんの寂しさが少しでも紛れたらいいな、なんてことを考えながら目をつぶった。


***

母の日のお話のつもりが、結局ハルの話になってしまった。まさか弘子ちゃんがバカップルだったとは。
そういえば長編「naion-no-hikari」と「君ありし」下げました。
読みかえしていたら恥ずかしすぎて、そういうのを狙っていたはずだったけれどやっぱり直視できず、
もうちょっと生成してからにします。恥ずかしかった…
ちょっと前に書いた文章なのに、もう今のものと違うような感じがして、昔のものを読みかえすのって死にたい。
上のを書いている途中で「ハル」をまた読みかえしたんだけれど、突っ込みどころありすぎてびっくり。
でも、サイトをやるっていうのはそういうことなんですね……おお……
明日も早いのでおやすみなさい。

拍手


2013/05/08  3月25日
昨晩には結構な量を荷詰めしてあったが、やはりこまごましたものはでてくる。
ラックを壊し、段ボールに詰めてゆく。
思い出がしまわれていったのに、これっぽちも思い出せるものがなく、相変わらず脳内は空っぽのような、思考が完全に止まってしまっていた。陽だけが暮れるのである。
友人の誘いをうけ、駅前へ向かった。黙りこくった友人が、手を繋ぎたがっているのはわかっていたが、そんなアホらしいことはしたくなかったので無視する。
他の友人とも合流し、オムライスを食べた。最後になるのであろう、駅ビルの中のスターバックスに立ち寄り、電車の時間まで何ということはなく話した。
二人を改札まで送ったというのに、一人の友人が私を追いかけてきたのには、一瞬にして熱も冷めた。なぜそこまでするのか、と。手を繋ぎたがる気持ちも、やはりわからない。自分がその気持ちを向けられることを理解するのは、長い時間をかけてもほどけないような気がしている。
星の美しい夜だった。
彼女の気持ちは伝わっているが、伝わっていないのも同然だった。
友人をバスにおしこめ、やはり最後になるであろう暗い道を歩いた。鼻歌の一つも歌わず。
相変わらず、星の美しい夜だった。外灯は少なく、怖さもあったものの、静謐さを体現している、その地の夜は、誰にも邪魔されぬ確信を帯びていた。きっと、どれだけ時間が経っても、あの地はあのままやもしれぬ。
眠る前に、昨日受け取った手紙と、今日受け取った手紙を読んで、布団の中で涙があふれた。
やっとタガが外れた。そんな気持ちでいた。
布団は温かく、夜は静かだ。
手紙を書くつもりはなかったという彼女の手紙は、本当に、私の内側を震わせ続けている。自己嫌悪ばかりの自身が、やわらかく包まれた。そう思ったのだった。許された。そうとも思えた。
決して、上手いとは言えない字でつづられた3枚の手紙は、4年間の幸福だったこと、辛かったこと、悲しかったこと、そういったものを私のものにしてくれた。忘れてしまうけれど、決して忘れえないことだった。

涙をためたまま眠り、気付くと朝であった。相変わらず室内は散らかっており、心の中もまだ散らかったままでいた。昨日の涙はなんだったのかと思いつつ、引っ越し業者の仕事ぶりを見つめていた。
あっという間に室内は空っぽになり、あとには薔薇が一輪だけ残るのみとなってしまった。
薔薇が、白い壁に影を作るのが大変むなしい。
4年間生活した場所が、失われるのである。
もちろん思い出に形はないし、私が持っている記憶が思い出なのであって、場所にとらわれるものではない。また、思い出由来のものがあれば、そのものを見れば思い出を思い出すことができるのだろう。
しかし、思い出は、もはや失われてしまったという気持ちの方が大きくもあった。
急に心の中や脳裡に、スライドショーのように色々な記憶が浮かんでは消えて行った。早すぎるし、いつのものかわからぬし、美化もされている。しかし、涙がボロボロと溢れて止まらなかった。
駅へ向かうタクシーの中から眺めた、さまざまな店、うっそうと茂った木々、歩きぶりの悪い道。
広い道路、見え隠れする学内、コンビニ、カラオケ。
そうしたものが、それらにまつわる思い出が、すべて失われてゆくのだ。それが寂しく、また、たまらなく悲しかった。

私たちは余儀なく大人になってゆくのであり、それは免れられない。
そして同時に、思い出も失っていくのだろうか。


****
ていうのを、一年前に書いていました。
久しぶりに思い出して読んでみたら、なんかもうしょうもなく泣けてきて、なにこれ、みたいな。
分かってもらえたりするのかな、と思ってブログに書いてみたりする。
まあ、ただ、残しておきたかったんだけど。

新潮文庫からでてる「マイブック」に、その日の出来事を小説風にまとめる、みたいなのが
その当時自分的にはマイブームだったんですね。今も、たまにやっていますが、
マイブック2013が見つからなくて無印の罫線無の小さなノートに書いています。
(といって、最後が4月1日なのでもう丸一か月は書いていないことになる…)
フィクションを入れながら、ノンフィクションを書く、みたいな、それはもうノンフィクションではないのだけれども
そういうので練習になるんだったら書こうと思って書き始めましたが
結構自分の書き癖みたいなのがわかって面白いというか、憂鬱になってきます。
なんたって暗い。どんなふうに書いたって自意識が軽くなるわけでもないし、自己嫌悪もどんどんひどくなるので
なんかこのノートに書いてる人、病気なんじゃないの?と思ってしまったりする。

結局、こういうノートを書き始めた理由も、
自分の感受性、というか、小説を書こうという気持ちの根本が見えなくなってしまって、焦ったからだと思う。
というか、今もだけれど。
日々に忙殺されるがゆえに、もっと、こう、空の青さに一喜一憂したりとか、
夕暮れの風に殺されそうになったりとか、そういう、一日一日、四季の移り変わり、機微、そんなものに対する
敏感な感性や、そういうものを追えなくなっている自分にちょっとがっかりしていて、もったいない気がしていて、

うー、相変わらず言葉足らずだけど、
つまりはそういうことで、どうにかこうにか、文字をつづるっていうことができなくなりたくないっていうか、
語彙不足とかそういうのじゃなくて、なんだろうか、
寂しさを忘れくないんです、たぶん、そういうことだ、うん、そういうことで(遠い目)

いつも、いつも、寂しいんです、っていう、気持ちというか、その情景というか、
最近は自分のことばかり考えすぎていて、そうなると景色なんてどうでもよくなっちゃうんだけど、
本当はそんなことなくて、そういう、景色の中にも悲しさや寂しさっていうのは含まれていて
自分の生活している中で聞いている物音、人の視線、音楽、景色、空気、匂い、
その中に存在している寂しさを、悲しさを、忘れたくはなくて、そういうものを、誰かと共有したくて、
忘れたくないので、こうしてノートに日記調で書きなぐってみたり、ブログを書いてみたり、
その最終形として小説を書いているわけで、ああ、またよくわからんことになっている。

大体、私が饒舌になるときって心に余裕がないときか寂しいときか、悲しいときで、
つまり、今は心に余裕がなくて寂しくて悲しいので、どうにかこうにか、なんか小説読みたいし書きたいんですけど。
そういう、感じです。
だから、この寂しさを知っている人と、そっと、寄り添っていたい。

拍手


2013/05/06  伝言ゲーム
君に
君に
こんなことを言いたいわけじゃない
こんな顔をしたいわけじゃない

だけど、
君に
会うとすぐに、
左目が痙攣して、暴れだして
どうにもこうにも
醜い諦念だけがたゆたって満ちてって

美しくない言葉
嬉しくない景色

そういうものを
君に
見せるしか
僕は

君に似合わないものばかり
何か伝えたくないことばかり

消えよう
消えてみよう
君を間違いに浸すぐらいなら

さよならしよう
君に
君に

君に

拍手


<<前のページHOME次のページ>>