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どこをみているの
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2013/05/03  ゆうやけのドア
ねえ、こんなふうだったよね、と、私は中学生の頃のように不恰好な三つ編みを編んだ。固く結ばれた二本の毛束は、馬の尻尾のようにも、飾り紐のようにも、見えた。
振り向きざま、すぐそこにアキオがいるのに気づくのと同時にばたんと押し倒される。
いい?と、尋ねながらも、彼には待つ姿勢は一切無く、なんの躊躇も無く、ワンピースの裾からするりと手を忍び入れてきた。私はそんな彼に幻滅し、呆れもし、そして、悲しくなり、何も言わないでじっと寝そべったままでいた。
きつく結んだ三つ編みが、私の視界に入ると憂鬱になる。甘酸っぱく、心に染みるようなあの思い出が、もう、怪我されてしまう。
美しい夕焼けに染まる教室で、アキオを待つ私の、美しい三つ編みを思い出すとき、腰をふるアキオの下敷きになる、パサついた三つ編みも同様に思い出されるに違いない。
夕焼けに染まるドアを、息せき切って開けて飛び込んできたアキオを思い出すとき、夕焼けに照らされてより朱く染まるアキオのだらしなく開いた唇も思い出されるに違いない。

汚れてしまったのか、汚してしまったのか、私には全くわからないまま、アキオだけが私の名前を切なげに呼ぶ。

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2013/04/25  ゆうやけ色のおまえの髪の毛
柴原(しはら)は、いつもいつも、屋敷中や庭中を歩いては何かを探している。
僕はそれを、窓辺や欅の日陰から見つめている。何度か声をかけてみるものの、柴原は気づかないのか話さない。そもそも、僕の興味本位の視線に気づいているのかも怪しい。それほどに、柴原は懸命に何かを探しているのである。
母様にもお祖母様にも、柴原とは話すなと言われているし外にもでるなと言われているし、僕の世話係の税所もただただ、いけませんと言うけれど、僕は柴原が執務服を脱いで白いシャツだけになり、汗をぬぐうのも厭いながら何かを探すさまは、傍に若い男がいない僕にとって、男とはこういうものなのかというのを教えてくれる見本のようであった。

柴原は、僕の腹違いの姉さまの世話係だ。
異国の血が流れているとかで、髪の色が黒ではない。たまに街で見るメリケン人やエゲレス人のような宝石のようなきらきらした色ではなく、夕焼けの空のような物悲しい赤色をしていた。香ばしい匂いさえしてきそうな色だった。
姉さまも、世話役である柴原も、このお屋敷では疎まれていて、勉学が苦手な僕でもさすがにその雰囲気を察せられるほどだ。
二人は離れに住んでいて、お峰が毎食ご飯を運んでいる。お峰以外に近寄るのは庭師の現六さんと書簡係の泉田ぐらいで、あとは皆、あの離れがあそこにあることすら、知らん振りをしている。若い女中などは化け物屋敷とでも思っているかのような振る舞いで、老齢のお峰が動けぬときに誰があそこに行くとか行かないとか、泣き出すものもいた。まったくばかげたことであるが、庭の影に身をひそめるように建つそれは雰囲気がありすぎるようにも思われた。
庭の、欅の、もっと奥に建つこじんまりとした離れは、昔は姉さまの母様が住まわれていたらしい。
父様は外出の多い方だったから、僕の母様以外にもそこかしこに妾がいるとかいないとかいう噂は横行していたものの、父様が屋敷にすわませたのは姉様の母様だけだった。
僕の母様は、なるたけ姉様の母様とも平穏に過ごそうと思ったそうだが、相手は気が触れていたとかいないとかいう。
そのうち、姉様の母様は離れから出て行って、いつのまにか生まれていた姉様があそこに住んでいた。そのときにあてがわれたのが柴原だったけれど、彼の出自を語るのはその姿かたちだけで、本当のところは誰もわからない。

「暑く、ないのか」
家庭教師が帰り、窓枠に肘をついていると眼下をうごめくものがいる。初夏の鮮やかな日差しの下で、ひっきりなしに動いていれば汗もかき、洋服も濡れようというものだが、うごめく物体は僕の声に反応しつつも、探す手を緩めずにいる。
「倒れちまうぞ」
さすがにこの距離である。ようやっと声が届いたのか、柴原は手を止めた。
「……有臣様こそ、日差しはお体に障りましょう」
「籠の中にいれば日差しも当たらないよ」
「それならば良いですが」
見た目が異国人のようなのに、流ちょうな言葉を話されるとどうしても驚き、そしてまた、なぜか面白くある。なぜもっと早くから、こうして、声を張って話しかけなかったのか、惜しくも思う。それほどに、柴原の話し方は戸惑いもなく、小気味よい気持ちがする。
柴原は顔をあげ、汗がたらりと流れたのを鼻の頭でぬぐった。髪が日差しに透け、カルメ焼の色に見える。
「主人の話よりも、お前が優先する探し物は何だい」
「大変恐縮ながら、私の主人は三津子様にございますので」
「そうだな。姉様は元気か」
「ええ」
柴原はまた、こめかみをしたたる汗を拭う。手ぬぐいの一枚でも渡そうかと思ったが、後に露見したら面倒であると考えついたので、出かけた言葉を飲み込んだ。
さらさらと、遠慮がちに吹き過ぎる風は目に映るよりも鮮明な緑の香りを運んでくる。僕はまた、窓枠に頬杖をつき直して、柴原から目を離した。数えるほどしか話したことはない彼だったが、もう何年来も僕の世話係なのではないかと思うほどに自然に、僕の脇に控えている。
「この後は、どこを探すんだ。また、欅のそばか」
「いえ、今日はもうこれで」
「見つかっていないのに、姉様は怒らないのか」
「三津子様は、目に見えないものを探して欲しいだけですから。見つけることではなく、見つけようとしていることが、大切です」
結構なことを言うものだな、と驚くと、柴原はふふん、と生意気に鼻で笑って見せた。おもわず笑いがこぼれる。
「柴原、お前、面白いな。僕は何度か、話しかけていたのに。今日は話せてよかった」
「めっそうもございません」
柴原はそういって、腰をかがめると手を動かしながら生け垣の中をのぞきつつ、離れの方に帰って行った。あの離れの中から、姉様がじっと見ているのだと思うとぞっとしない話だったが、柴原の飄々とした言いぐさには好感が持てた。

姉様は気が触れている。そういう血のものだと、母様もお祖母様もそうおっしゃる。
僕は、小さな頃に一度見たきりの姉様だけを知っているが、確かにそういう目をしていたと思う。
髪の毛は肩のあたりで切りそろえられていたと思うが、いつも振り乱して枯草のようになっていたし、後ろの毛が前に落ちてきていたので瞳も隠れがちだった。ときたま現れる真っ黒いビードロのような瞳は誰もかれもをにらみつけていて、なのに次の瞬間には気が違ったように笑うかしていて、まともに言葉を話しているところなど、僕は知らない。
壊れた人形なのだよ、と、父様は僕に言った。母様が風邪を引かれたときに、こっそりと僕のところへやってきて、そう、言った。相変わらず顔に感情というものは微塵も見えず、数学を教えてくれる先生よりも抑揚のない声で、父様は言うのだった。
ああきっと、この人もどこかしらおかしいと、思ったのはその頃からだった。
母様も、お祖母様も、父様も、姉様も、みな、どこかしら気が触れている。そんなことを、思う。もちろん、だから、僕も、きっとどこか気が触れているに違いない。

「柴原」
今日もまた、柴原は何かを探している。僕はそれを、欅の木陰から見ていた。彼は少し遅れてから手を止め、日差しの中から僕をまぶしそうに見る。髪の毛が相変わらず日差しに透けており、琥珀のように見えなくもない。
「今日は何を探している」
「螺子を」
「螺子?」
「三津子様の頭の螺子がなくなったとおっしゃいますので、探しているのです」
噴き出した僕を見て、柴原は咽喉でくっと笑った。さらさらと、草いきれの匂いが流れていく。
「それは、姉様がそうおっしゃったのか」
「私が言うとお思いですか」
「お前ならいいそうなものだよ」
「めっそうもございません」
柴原は口端だけで笑って見せた。目は笑わず、冷酷な色をにじませたまま僕を見ている。
こいつはやはり、どこか気が触れているにちがいないのだと思うと同時に、いつも以上の好奇心がむりむりと心底から膨れ上がってきた。
「柴原、姉様の夕食が終わったら、僕の部屋に来い。お前ともっと話がしたい」
柴原はぴくりと眉毛だけを動かす。驚いたような、憤慨したような、どうともとれるような顔をした。
「……それはできません。三津子様は夕餉の後に食後のお茶を取られてから、お休みになるまで、私がそばにいなければひきつけを起こしてしまいます」
「なら、姉様が眠ってから来い」
「三津子様は、ときたま、夜泣きをされますので、私もそばにいなければなりません」
「ここからなら、姉様が夜泣きをしても聞こえるだろう。そうしたら、お前が走って帰ればよい」
「……私が、有臣様とお話しているところを見られると――」
「しぃいはらあぁあああああああ」
青草をめいっぱい踏みつける音がずんずんと近づくとともに、耳をつんざくような金切声が響き渡った。
欅も、その声に震わされたようにじゃあじゃあとなりだす。柴原のこめかみから、つと汗が滴った。
部屋着にでもしているらしい、よれた小紋姿の姉様が髪を振り乱して柴原に飛びついた。
柴原がはたりと倒れると、姉様が彼の夕暮れ色の髪の毛をわしづかみにするのだった。
僕が最後に見た姉様よりも、ずいぶん大きくなっていて、でも、ずいぶん線の細い姉様になっていた。
姉様が腕をぶうんぶうんと振ると、柴原の頭も木偶のようにぐねぐねと動く。彼の表情は微動だにしなかった。
「見つけたの、私の螺子は見つかったの。あなたが見つけないから、私がずうっとこんな風で、父様からも嫌われてえ、母様にも嫌われてえ、有臣にも、嫌われるのよ、柴原あ、見つけたのお、ねえ、見つけたのおう」
柴原に馬乗りになっている姉様の、着物の袂が乱れてなまっちろい足が白日のもとにあらわになった。
あまりにも白く、かまぼこのように見える足は、陽光のせいでじりじりと焦げてしまいそうで、僕はめまいがした。
柴原は相変わらず木偶のままで、姉様のいいようにされたままでいる。言葉を一切発しようとはしない。姉様はきいい、とかきゃああ、とか、言葉ではない声をあげられて、より一層強く柴原の頭を振るのだった。
「三津子姉様」
ほぼ初めての文字を羅列したにしては、僕の声は震えていなかった。ぴたりと姉様の動きが止まる。ゆっくりと僕の方に向いた顔は、やはり枯草のような髪の毛に覆われてはいたが、その奥に光る目玉は僕のことをじっと見ていた。ごくりと息をのみながら、もう一度声を出す。
「姉様、やめてください。柴原を放して」
「……有臣?有臣なの?」
姉様が手を放すと、どっさと柴原は芝の上に崩れ落ちる。ぺたりとうつ伏せになった彼は起き上がる気配もなかった。
姉様がよろよろと僕の傍へきて、するりと座った。それはもう、音もなく、あの金切声もどこにいったのか、まるで霧のような、しとやかな動きでもあったし、亡霊のような、生気のない生ぬるい動きでもあった。
「有臣、ああ、有臣。私のかわいい有臣」
姉様の顔についたビードロが僕を見てる、ようで、見ていないことは傍によってすぐにわかった。姉様は僕の向こう側を見ている。決して僕のこと、本当にかわいいだなんて、弟だなんて思うほども、かかわりなんぞなかったのに。姉様は気が触れている。本当に、そうなのだ。僕はさして落ち込みもせず、うれしいこともなく、もういちどだけ、息をのんだ。
「姉様、離れに戻りなよ。ここでは、日差しが強いから、体に悪いのではない?」
「おお、そうね、有臣の言うとおり」
歌でも歌うように、姉様は軽やかにそうおっしゃって、

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2013/04/18  Good morning, You are Beautiful
目覚めてすぐには起き上がれない。
柔らかなコットンのカーディガンを羽織る。
灰色の日差しはカーテンを透かしている。
窓を開ければたちまち、色彩が広がった。
目は開かないのに、瞳で見つめている。
美しい景色。
美しい音色。
私にはこんなにも
なにもない世界だというのに、
扉をあけて待つ、あなたにとってこの朝は、
季節は、色は、希望で満ち溢れ
始まりの美しさを兼ね備えた日々になる。
美しい、日々になる。

温くやわらかなフローリングに足を滑らせる。
ささくれはない。
すべらかな、肌とこすれる音がする。

やわらかな、
やわらかな。
なだらかな、
なだらかな。

あなたに忘れ去られた
私に踏みとどまられた
朝が来る。

朝が、来るよ。

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2013/04/10  いつかかならず
とりこぼしたことさえ
気づかないで
泣くばかものは
きっと地獄行きだ

だれもかれもが
土師器でできた
お面をかぶって苛ついている
近寄らんほうがいい
新月のよるだから

けものはやさしい
お前が思うほどよりは
けれども火は絶やすなよ
けものはおそろしい
お前が思うほどよりは

けむくじゃらの木の実
名づけたらハツカネズミになった
そのまま逃げてゆく
お逃げ
お前の家はどこにもないから

いつかかならず
いつかかならず
言葉に意味をもたせたい

いつかかならず
いつかかならず
お前たちの胸を打ちたい

私の幻想で


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2013/03/31  Re-BORN
ねえ、ぼくのことおぼえてる
君のむねに、ずっとまえにすんでいた
ぴんくいろのうねうねするなかに
ねえ、おぼえてる?

まだ、こどもだった
君の、ぼくも、まだまだこどもで
言葉だって知らなかったし
何も、知らなかったし
ただしってたのは、
星がきれいなよるは泣けるってこと
月がきれいなよるは寂しいってこと
べつに何も、えいえんはないってこと

ねえ、僕のこと覚えてる?
やっと言葉も自由に使えるようになって
星を見ても泣かなくなって
月が出ても寂しくなくなった
永遠がすぐ傍にあるような気になった

いいんだ、忘れてたって
いいんだ、知らなくたって

また、子どもにもどるだけだもの
また、君に逢うだけだもの
寂しくっても涙流しても何も知らなくても

また、会おうねって
砂利を踏みしめて、忘れないでねって

嘘なんかつかないよって
そう、誓うだけだもの

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