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2014/01/01  としのはじめのためしとて
あけましておめでとうございます。
旧年中、お世話になった方、お知り合いになれた方、本当にありがとうございました。
また、本年もどうぞよろしくお願いします。

本当は大晦日に2013年を振り返るとかちょっとやりたかったんだけど、書けずじまいでした。なんとも微妙な〆日だったなあ。
祖母が亡くなるまで、毎年、父の実家でおせち料理をつくっていたんですがそれもなくなってしまって、一年が終わるという感じも、新年が始まるという感じも全然なくって、こうして、だんだん、人生の継ぎ目っていうのは曖昧になっていくのかななんてぼんやり思っている次第です。正月っていうから何か真新しいことがあるのかというわけでもないし、なんかなんともいえない。
今日は、今から、姉の彼氏が家にやってきて新年会です。送迎車を出すのが私の役目。

2013年、振り返ってやろうじゃねーの!と思ったんだけど、なんか全然、〆の日がそういう感じだったからか、こう、こういう一年でした、っていうはっきりした意識が薄れていて、なんとまとめてよいのやら。
というか、今日は元旦なんだからほんとは2014年の目標でも掲げろやというところなんだろうけど。有言実行ってまったくできたことがないので基本的には言えないタイプ。

2013年は、とにかく初めて自分で本を作ったことが大きかったですね。そのおかげで、いろんな人からのレスポンスやつながりもできたりした。一瞬だけの言葉でも、すごくうれしいもので、それだけで、この先、趣味でも本気でも、とにかく書いていたいと思った。
ただ、その反面というか、だからか、仕事がどんどん憂鬱で嫌になっていった年でもありますね。先輩との関係は、ま、一緒にいる時間が長い分、悪化しているわけでもないし、むしろ周りからみたら良好なのかもしれないけど、だから仕事が好きかと言われるとやっぱり嫌いだし、あそこは私の居場所じゃないんだって、いう、わけわかんない拒絶感がいつも付きまとっている。どこでも顔を出す、その感情は、常に私の首を絞めているような気がする。
そういう自分を受け入れることもできたらよいのかもしれないけれど、私は十分に受け入れているつもりだし、もう、これ以上何をしていいのかよくわからないというか、でも、頑張らない自分もなんだか性に合わないし、みたいな、やっぱりカオスな一年でした。
嫌いとか好きとか、そういうのを大声で言えない、けど、やっぱり嫌いだし反感もつし反抗したい。嫌いなことはやりたくないけど、仕事だし、なんか、そういうの、考えなきゃいいけど、だって考えちゃうし。
いつも心がとっちらかってる感じがして、じゃあ、私、何が好きだったんだろうって、思うんですよね。具体的なものじゃなくて、感性のとこね。どういうものを見て心が動いていたんだろうって、そういう感じね。
心を、忘れてしまった一年だったかもしれない。悲しい一年だな。
3月に本を出して、すごく楽しかったのに、だから、楽しかったからこそ、仕事をしていてああ、やっぱり、こういうことをやりたいわけじゃないんだよな、というか、人と何かを分け合うっていうことがすごく苦手なんだなって、思った、気付けた、一年という、か、うん、上手く言えないですね。
あ、そうだ、語彙が少なかった一年でもありますね。本全然読んでないもんね。当然かな。やっぱり語彙の豊富さ、だけじゃなくて、表現しようというその気持ちは、漫画やアニメからじゃ絶対に接種できない(少なくとも自分は)もので、活字を、それもとびきり自分が好きだと思える小説を、読まなきゃなって、思いました。
あとね、ほんとに、ネガティブなことばっかり言ってると自分のことしか考えられなくなってどんどん脳細胞が死んで行って、よけいにネガティブになるんだなっていうことを身を持って体験しました。でも、ネガティブってやめらんないのよね。

うーん、なんか一年の締めくくりになってるのかな?わかんないけど、まあ、読みかえしたときにああ、そういう年あったわー程度でね。
(毎回こういうことを言う奴ですよ私は)

で、2014年は、やっぱり小説書いてたいのでまた本を作ろう、という、そういうことと、自分の好きなことをやりたいので仕事はまったくもって頑張らない、ということです。
もちろん、相手に迷惑かけないのが前提だけど、でも、やっぱりいやなことって頑張れない。
憂鬱じゃなければ仕事じゃない、っていうけど、それは、跳ね返すばねがある人の言葉だと思う。私は絶対に受け入れられないなって思ったし、ならまあ、それでいいと思う。自分には甘くいきます。今までどおりに。
夢や、やりたいことについて頑張ったり、続けたりするのは当然だけど、難しい。だけど、それができていればほかは何もいらない。きっと。

まだまだぶれぶれにぶれるにゃくですが、全然死ぬ予定ありません。


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2013/12/25  Noël
「石渡さん、あれ」
「はー」
 きらめく町の明かり、というよりも、下卑た妄想が形になったようなイルミネーションは見ていても大して面白くない。生まれつきキリスト教なわけでもないこの国でどれだけ電飾を施そうとも本場の心意気にかなうわけがないんだよ、と、石渡さんは鼻を赤くして言った。私が指差したのはピアノが形度られたモニュメントで、その上にツリーが乗っていた。音楽とクリスマスのコラボレーション、とかいう案内看板がそばにあって、ベルの音でいろんなクリスマスソングが流れていた。ピアノの電飾なのにベルの音なんだね、と、石渡さんは笑う。
「鼻赤いね」
「寒いもん。紅子は」
「私はそんなに」
「そもそも薄着だよね。なんで真冬なのにトレンチコートなのか意味不明なんですが」
「石渡さんは着こみすぎなのになんでそんなに寒がりなの」
「日本は寒い」
「でた、ヨーロッパかぶれ」
「あのなあ」
 石渡さんはスヌードをぐるぐる巻きにして裏起毛のボアが付いたダウンを着て、中にもセーターを着てタイツを二枚履きにしてコーデュロイのスキニーパンツを履いている。もちろんボアの付いたブーツもしっかり履いていて、それなのに寒さゆえに鼻を赤くしているのだ。持っていたスターバックスラテを一口飲んで、冷たい、とこぼす。
「もう冷えた」
「十分も持ち歩いてたらそりゃ冷たくなるよ」
「紅茶が飲みたかった」
「紅茶のテイクアウトもできたんじゃないの」
「コーヒー屋の紅茶なんか飲めたもんじゃないよ」
「そう」
「そう」
 でも、寒空の下、イルミネーションが見たいと言ったのは石渡さんなのだ。芸術劇場すぐ裏手に控えるこの公園で、音楽がテーマになったイルミネーションがやっていると聞きつけたらしい石渡さんは、仕事帰りの私を捕まえて、駅を三つ乗り継いでやってきた。けれども、本場のクリスマスのイルミネーションを知っている石渡さんは、やっぱりねえ、とつまらなそうに言うのだった。
「はー、でも、ちょっと面白い」
「ならいいけど」
「必死さがいいよね。カップルも、なんでこんなの見に来るんだろうね。結構人気なの」
「テレビでもやってたよ。このあたりでは最大規模だって話だし」
「ふうん。じゃあアメリカやヨーロッパの電飾見たらたまげるじゃない」
「そう?」
「うん。うちのアパートもよくやってたよ。そのせいでたまにブレーカー落ちちゃうし」
「迷惑」
「でも、それが当たり前なの。それをみんな、楽しみにしてた。日本はさ、なんか浮いてるよね。恥ずかしさもちょっとある感じがする。そんな感じするでしょ」
「わかんないけど」
「ね、今度さ、きなよ。ドイツ」
「うん」
「あ、これはこないやつだね」
「どうかなあ。ねえ、正直、私、ここに石渡さんがいるっていうのが違和感あるよ」
 昔では言えなかったはずのこと、私はもう、言えるようになった。

***

書きたかったのだけど、もう眠いのでおやすみなさい。

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2013/12/22  受難の子
「サグラダさんの本名、なんていうの」
 騒がしい居酒屋で、私は少し声を張った。お酒がそんなに得意ではないので、生中いっぱいで胸が苦しくなる。咽喉が何かで詰まっているみたいで、心臓もすぐに鼓動が早くなる。私はなんとなく死ぬ思いだった。なんとなく、っていうのは、なんとなくだ。
 私の問いに、サグラダさんはすぐに返事をしなかった。聞こえていないふり、というのはすぐにわかって、でも、聞こえてるっていう顔をしている。サグラダさんは基本的に意地悪だ。私にだけかもしれない。でも、私にだけだとしても意地悪なので、やっぱり意地悪なのだと思う。シルバーフレームの向こうの瞳は醒めていて、口元は何気なく笑っているけど、感情は伝わってこない。
「本名? 苗字ってこと?」
「なんでもいいけど、ほんとの名前」
「サグラダ」
 は? と聞き返したい、が、お酒の所為で心臓がバクバク言う。息がしにくい。しにくいので、死ぬわけじゃないんだよな、と思い直す。そして、やっと、聞き返す。
「うそ」
「は?」
「本名だよ」
「サグラダ」
「苗字は」
「サグラダ」
 日本人じゃないのか、この人。こんな真っ黒な髪の毛にお酒を飲んでも真っ白な肌をして、一重の瞳は切れ長。どこからどう見たって日本人だろう。何度か同じやりとりをしたけれど、彼の口からはサグラダ、しか聞き取れない。そのうちサグラダさんがサグラダと言うのに飽きて怒り出すかもしれない、と、思い始めたころに、幹事からお開きだという号令がかかった。みんなが立ち上がる。私もサグラダさんも立ち上がる。壁際に座っていたサグラダさんが、かけてあった私のダッフルコートを取ってくれた。こんな重いの着て、肩こらないの、と、彼が言う。いいえ、と首をふりながら、少し距離が近づいた瞬間に、サグラダさんの顔がすいと動いて私の耳元で呟いた。
「桜田史彦」
「サクラダさん」
「うん」
 まごまごとコートを着る私を待つことなく、サグラダさんはさっさと外に出て行ってしまった。チェックのシャツに灰色のパーカを羽織っただけのサグラダさんはいかにも寒そうだ。そんな軽装でよく真冬の夜を耐えられますねと言いたいところだったけれど、ダッフルコートを着ると確かに重かったので言うのはやめた。
「んじゃ、二次会行く人?」
 驚くべきことに私とサグラダさん以外が手を挙げた。私だけが抜けると思っていたのである程度の気まずさは覚悟していたのに、斜め上の事態だった。と、思っているのは私だけのようで、幹事の平松くんは女子が一人で帰るはめにならないで済んだのを安心していたようだし、雅子も絵里も、私がサグラダさんを気に入っているように思っていたようで、にやにやしている。当のサグラダさんは明後日の方向を向きながら、自分の口からでる白い息を見つめていた。あれよあれよと別れの言葉が投げ交わされ、私とサグラダさんはそこに残された。
「帰るの?」
「え」
「コーヒー飲もう」
 私の返事を待つことなく、サグラダさんは歩き始めた。私は隣に並ばないで、彼のパーカのフードをじっと見つめて後をついて行った。寒いだろうに、サグラダさんはおかしなほどぴんと背を伸ばして歩いていて、一本の骨のようだった。一定のスピードで、ただただ歩いていく。私もただただ歩いた。なぜかダッフルコートがずしりとした鎧のように感じた。

 サグラダさんが入ったのは薄暗いネオンが控えめに点滅する店だった。ぐにゃぐにゃとデフォルメされた筆記体が読めるわけもなく、とりあえずBarとなってるのだけは把握する。こんなところでコーヒーなんか飲めるのかと思ったがやはりついていくしかないのでついていく。中は暖色のランプが置いてある、静かな夜カフェだった。Barってなんだよ、と思いつつも、黙って骨の後ろをついていく。一階席と二階席があって、サグラダさんは迷わず二階席に上がる。階段には柔らかな絨毯が敷いてあって、一段踏むたびに足がどこまでもめり込んでいきそうだった。一階にはテーブル席が六つほどあって、四つにカップルとか、女性同士が座っていたりした。二階には二席だけで、私たち以外はいない。
「ファミ、久しぶりじゃないの」
 ソファもふかふかで、おしりがめり込んでいくのにあたふたしていると、長い髪の毛を後ろでお団子にした男性が親しげにサグラダさんに話しかける。黒縁メガネをかけ、無精ひげを放っておいたらこうなりました、って感じのひげがいかにもおしゃれなカフェ店長という雰囲気を醸している。カフェという場所も苦手なのに、こんなおしゃれ店長も出てきたらますます緊張する。ソファが破れてひっくり返ったりしないだろうか、と、そわそわする。
「うん。近くで飲んでた」
「へー。彼女?」
「ううん。飲み友達かな。俺の本名さっき知ったんだって」
「はあ? 彼女さん、こいつ変でしょ」
 そういって元気に頷ける奴がいるなら連れてこい。私は薄く微笑んで、彼女じゃないんですよ、と、小さい声で言った。でもおしゃれ店長は聞いちゃいない、というか、聞こえなかったんだと思う。
「コーヒー? 今日はメキシコかキリマンかマンデリンだけど」
「じゃ、マンデリン」
「彼女さんは?」
「あ、えと、同じもので」
「了解。ちょっと待っててね」
 おしゃれ店長はにこにこ去っていく。ふかふかの階段も意に介さないようだった。
 サグラダさんは、天井からぶら下がるランプをじっと見て、あ、そっか、などとぶつぶつ言っていた。そしてゆっくり私に視線を移して、相変わらず覚めた目でじっと見つめてくる。言いたげな目、っていうのはよくわかるけど、その逆で、何も言いたいと思っていない目、を、私は初めて見た。緩やかに流れるジャズの曲がどんどん間延びして聞こえた。こんなにも微妙な空気になるのに、なぜ雅子も絵里も私がサグラダさんを気に入っているなんて思ったんだろう。女子としての観察眼を磨きなおしてこい、と、言いたいけれど、たぶん一か月後でも言えていないんだろう。そういう奴だ、私は。
「あ、サグラダじゃん」
「ども」
 下から声がして、サグラダさんが顔をのぞかせると、一階からこれまたいかにもおしゃれそうな男子が手を振っていた。サグラダさんのことを呼び捨てにしているところを見ると先輩のようだったけれど、黄色のトレンチコートと黒いストールを巻いていて、サグラダさんよりもよっぽど若く見えた。しゃんと背を伸ばしたまま下を向くので、サグラダさんは歪な骨に見えた。向き直り、私に向かってやっと口を開いた。
「高校の先輩。店長は同級生」
「ファミって呼んでた人?」
「そう」
「ファミって……あ、サグラダ・ファミリア」
「うん」

****

これどうなるんだ、と、思って書いてたら、ほんとにどうなるかわからないので放置

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2013/12/02  too enough to trust
信じていたんだと思う
この指先の魔法
金色の粉
鱗粉の虹
夕焼けの人
海底の幸せ
そういうもの
そういうものたちの

迷っていたんだと思う
この指先の真実
狂った時計
鳴り響くチャイム
最後の運転
テールライトの群れ
そういうもの
そういうものたちを

真実も
嘘も
本当はそんなもの何にもなくて
私のここ、
ここのところ、
それが、許すか許せないかどうかで
願うか、願わないかどうかで
決まる

世界の色
世界の誘惑
世界の絶望
世界の歌
そういうもの、すべて、
だって私のものなんだよ

あなたのものでもない
私のものなんだよ
だから
あなたの世界の色も誘惑も絶望も歌も、あなたのもので
私のものではないの

いつからすれ違うのだろう
いつから気付かないのだろう
人が生きているということ
人が考えているということ
つまずくこと、もがいていること
ないていること、わめいていること
生まれ、育ち、死に、また芽吹くということ

私にあって、あなたにないもの
僕になくて、君にあるもの

いつから許せるようになるだろう
君が僕から羽ばたくこと
私があなたへ飛び出していくこと

世界は全部知らん顔だ
どうしてこんなに
ひどいのに
美しいのに

一人でいること
二人ですること
三人で知ること
四人で笑うこと
五人で泣いて
六人でさげすんだ
七人では喧嘩して
八人では憤慨する
九人ではもう知らなくて
十人ですべて忘れる

途切れた赤い糸
ちぎれたサムシングブルー
サムシングオールド
サムシングニュー
どうかお幸せに

私をおいて行ったなら
僕を忘れていくのなら
幸せになってよ
なってくれなきゃ

本当は、祈っている
信じるには十分すぎるこの世界の
信じるには十分すぎる私の

ほんとうの
福音

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2013/11/30  愛する人の歌を歌いたいと思った
「体調悪いんじゃないですか」
 思わず出た言葉は日本語だった。太見が青ざめた顔をあげ、それでもなお不敵に笑う。
「ドイツ語、話せよ」
 彼の流暢なドイツ語は途切れ、太見がその場に倒れる。というか、正確に言うと倒れかけたところを島内が支えたので、空のバイオリンケースだけが床に転がり、2回、回転して止まった。太見はあんなににくいと言っていたバイオリンを落とすことはなかった。

「目、覚めましたか」
 先程よりはマシになったものの、まだ青白い顔はいかにもな病弱に見えた。太見はゆっくりと瞬きを繰り返して、自分の顔を覗き込んでくる島内の顔を見返す。返事はなく、島内はどうしていいかわからないまま、太見の顔を見続けた。太見の瞳は漆黒で、自分の心――わずかな下心を読み取られているような気がして、居心地が悪くなる。動揺を読み取ったのか、太見はふん、と鼻から息を吹いた。
「鬱陶しい奴だな」
 先ほどとは打って変わってゆっくりと日本語を話す。ドイツ語のときはあんなにも威圧的で早口に話すくせに、太見の日本語は、まるでゆったりと流れる牧歌のようにのびのびと聞こえた。
「……太見さんの日本語はパストラルみたいですね。緩やかだ」
「嫌味か。お前のそういうところが大嫌いなんだ」
 太見は起き上がったが、眉間に寄せたしわはそのままだった。彼は黙ったまま手を伸ばし、島内の座る場所のとなりの椅子においたバイオリンを持つ。島内は止めないで、彼を見つめる。
 構える。太見がこの姿勢になる場面は、何度も見ている筈なのに、いつ何時見ても美しいと思い、緊張感がある。島内はじっと彼の指先に意識を集中させた。
 すと弓が引かれ、か弱い音が耳に流れる。と、思えば力強い旋律が部屋を満たし、一つの音は何重にもなって聞くものの耳を虜にした。太見の音楽は不思議だった。どんなに華やかな曲を奏でても、どんなに簡単な曲を奏でても、瞬時に悲しく深く、複雑な曲に聞こえる。それは、バイオリン本来の美しさと深みを際立たせるようだと、島内は思っていた。個人的に好意を抱いているせいもあるかもしれないが、この世界に足を踏み入れて、数々の名手と言われる人の演奏を聴いてきたが、太見ほど、彼の心の、見て見ぬふりをしてきた、人間の根本にあるような悲しさや憂いをくすぐる音を出すものはいなかった。
 音楽は人を語ってくれる、と、音楽院のトレーナーは島内によく話した。あなたはきっと、良い家庭に育ったから、のびのびとして気持ちの良い音を出すのね、とも。その話を聞く度に、いつも太見を思い出した。バイオリンを持つ佇まいや、奏で始める前の一瞬の呼吸、奏で終わったあとの聞き入った皆の呆然とする姿、そういう孤高の息遣いを、太見はしていた。
「……パルティータ第3番プレリュード」
 曲の佳境に来て、太見はふと弾くのを止めた。音の余韻がいつまでも耳に残るようで、この人の音はどんな人の心も捉えてしまうのだと改めて思う。言葉にできない、ただ体をもって、心を持ってしか知ることのできない悲しさが、美しさ、そして、気高い誇りがバイオリニストには必要なのだと、太見と共にいることでひしひしと感じる。
「この曲はお前向きだ。明るく、跳ねるように、そういう奴が向いてるんだ、バイオリンは」
「そんなことはないと、おれは思いますけど」
「バイオリンは悲しいんだ。だからこそ、能天気な奴が弾くべきだ」
「そういう話を、ジュードや徐さんにもしていけばいいんじゃないですか」
「音楽はみんなでやるもんじゃない」
 太見はバイオリンを下げ、ぼうっと天井を見つめた。築100年はくだらないという赤い花のモザイク模様は、薄いヒビが入っているものの美しくそこにある。いつも目を覚ますと、華やかな気持ちになれるので、島内はこのアパルトマンが気に入っていた。それだけではなく、この町も、この国も好きだった。日本とは違い、色々な色がそこらじゅうに踊っていて、目に入ってくるものすべてが音楽のように騒がしく楽しく、面白かった。こういう街並みを見ながら、作曲の大御所たちは数多くの名曲を生み出したのだと思うと、ロマンを感じた。
 だからこそ、太見のようにただストイックに、自分を追いつめてまで一音一音と向き合い、バイオリンだけがまるで自分の信頼するもののように対話をする、その姿が美しいと思ったのだった。
「お前や、ジュードは楽しいもんが好きだろ。俺は、そういうのには興味がない。徐は美しい音を出そうとする。俺は、そういうのにも興味がない。ただ、こいつをひいてりゃいいんだ」
「……おれ、太見さんが誰よりもレッスンつけてるの、知ってます。誰よりもきれいな音を出すことも知ってます。おれは、太見さんの曲が好きです」
 島内の言葉は、けれども、太見の耳にはあまり届いていないようだった。なおも島内は続ける。
「弾いてるときの太見さんは、誰よりも楽しそうで美しくて、綺麗です。音が、太見さんのものになる。その瞬間、太見さんはコンサートホールを支配してるんですよ」
「täuschen」
吐き捨てるように言い、太見は窓の方を向いた。

***

何が書きたかったのかさっぱりわからなくなったので、放置。
急に寒くなってきましたね。早いなあ。もう12月。
この一か月、何も生産的なことをしていない、と、焦ったけれど、とりあえずお話一つはアップできたのでまあ良しとしておきましょう。なんだかんだで年の瀬になってしまうんですね。あっとゆーまだったなあ。
最近、怖いなって思うのは、怖いなって、思わなくなってきたんじゃないかっていうことで、それは、まあ、半月前にも書いているけれども、何も感じなくなってきたってことじゃないかっていうことで。
冷えることでも、熱くなることでもなく、ただ、何も、感じなくなってきたってことで。
世の中には、いろんな本があって、私がかつて思っていたことを代弁してくれるものがあったり、今、自分が思うことを代弁してくれたりするんだけど、そういうのを読むたびに、ああ、どうして私も同じことを思ったのに書けなかったんだろうって、思ってしまう。
なんか妙なストレス。おこがましいのもほどほどに、と、自分に言い聞かせながら、やっぱりそういうものを書きたいって思うんですよね。日の目を見なくたってね。
どうしたらいいのかな。好きなように生きていきたいのに、数字に追われる日々だわ。しようがないとはいえ。
しかし、こうして寒い部屋でパソコンを打っていると、指さきがじんじんと冷えてきて冷たくてかじかむのに指の動きが絶好調になるのでそれがまた、楽しくて。
私の言葉を代弁してくれるキーボード。喋らなくても、直接気持ちが伝わっていくんですね。伝わる、というか、可視化できるというか、形になる、というところ。が。いいよね。
自分の話すことばがまるで泡みたいで、なんだか頼りなくって全然自信がなくって、だけど、文章にすると自分の言葉に記号が与えられて、それだけで自立してそこにいるということが、少し安心する。
仕事では、自分の文章、とか、自分の言葉、を、形にしていくことが殆どないので、そういう意味ではなんでも、たわいのないことをつづっていかねばいかんと、改めて思うのです。
しょうもないんだけど、やっぱり自分の心で話して、頭で反芻して、指でキーボードをたたく。その一連の動作だけで、私の言葉が文字になっていき始める。不思議な仕組みです。

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