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どこをみているの
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2011/12/12  白空
あたしは泣きそうだった
何がどうということもなく泣きそうだった
そう、たとえば何でもない日常の中で、
空気の匂いがかわる季節や、木々の枝が細くなる様や、寄り添う飼い主と犬や
そういうものらはいつもあたしを悲しくさせる

イヤホンからあふれ出るばかげた愛の歌なんかを聞きながら
あたしはただ惚けたアヒルのように口を半開きにして。

白くけぶるように見える冬の空はわずかに青く色づいているのに、どこか柔らかい。
国道添いをふと振り返るとオレンジ色の太陽が木立の後ろに隠れようとしていた。
まるで巨大な影絵がそこにあるようであたしは立ち止まった。

数年前、いつだろう、とにかく何年か前の同じころにあたしはここにいて
隣には彼がいて、手をつないでこの景色を見ていた気がするのに、
いまやっと思い出して、それすら曖昧でどうしようもなく、記憶など記憶できないようになっていたらあたしはきっとこんなにも泣きたい気持ちにはならないのに。

あたしは一度大きく鼻をすすった。
ガソリンスタンドの店員がこっちをちらと見て、また仕事に戻っていた。

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2011/12/05  (no subject)
右から三番目
痛むのは君に殴られた歯

ぐらぐらしていたいんだ
ぐらぐらしていたいんだ
きみに会いたくてぼくの心はぐらぐらしていたいんだ

ねえ、あいしてくれないか
今日は夜がとても静かでとても冷たくて
とても、とても
君に抱かれたい夜だから

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2011/12/03  100分
手首から香るオードトワレが鼻を擽るので

気付いたら後ろに三人の若い男たち
君たちどこいくの?
雨上がりの道は歩きづらい

苔とカビの生えたコンクリの階段は
誰かに上ってもらえば満足なのか
誰も教えてはくれなかった

タイルの不自然な点字ブロック
ヒールが引っ掛かるからやめてくれないかな
爪先から浸水

ほら、曇り空の100分

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2011/12/01  十五歳
私がまだ十五歳だった頃
私がまだ若かりし頃
私が何もかもを知っていた頃
私が何もかもを知らなかった頃

私の目にはまだ世界は美しく輝いてもいなかったが
世界は醜く霞んでもいなかった
ただ素直な世界はそこにあって私の若い目にはありのままに映っていたのに

十五の脈が聞こえない
十五の涙は流れない

私は化粧を覚え媚を覚えた
私は酒を知り大人の自分を知った
世界は美しくなければならないと思い、醜いものは排除した
何かを愛さねばならぬと信じ、愛するふりをしていた
私の生きた証を遺すことに必死になったが
私は何もかもを知らないままだった

十五の脈が聞こえない
十五の涙は流れない

そんなものは何もなかった
無くすものを段取りを決めて
無くす準備をせっせとしていた
無くすのではなく手放すことに躊躇もなく

ああどうか死に際の
私のいのちは十五でありますように

十五歳の私のあたたかくすべらかな肌でありますように
何もしらぬ美しさを

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2011/11/22  うすび
鳴瀬が危篤であると聞いたのは海外でだった。
イギリスでの買い付けの最中に、エミリーというハウスメイドが神妙な面持ちで電報を手渡してきた。
いつもは憎らしくほくそえみながら私を見る彼女も、今回ばかりは内容を読み取ってか何も言わなかった。
電報は唐突にくるものだが、意味はわかっていた。

日本をでる、と言い渡したときの鳴瀬はもはや虚ろに目を泳がせて頷いたかもよくわからなかった。
彼は早くに視力を亡くしていたが、それでも生気はみなぎっていたはずの瞳を私は知っている。
近いな、と思ったがもちろん口には出すまい。
傍にいた鮎子さんも少し困ったように微笑んで、先生、と声をかけていた。
もはや反応する気力もないのかできないのか、鳴瀬はただそこに横たわっていた。

最期になるやもしれないと私も鮎子さんも思ったにちがいない。

病室を出、玄関まで送ってくれた彼女は相変わらずマリアのごとき笑みを浮かべて、冬の夕空をまぶしげに見上げていた。

「先生、調子がよいときは少し動くのですけど……聞こえてはいるようです」
「なあに、ここにきて鮎子さんと二人きりになれると喜んでおるのですよ」
「まあまあ」
「最近は私が邪魔ばかりしていましたからな、イギリスで私もよい奥方を見つけねば」
「藤崎さんは選ぶ側でいらっしゃるでしょう?」
「一番選んでほしい方には選んでもらえない役回りでね」

ちらと鮎子さんを見る。
彼女は空を見上げたままでいた。なめらかな顎の線が美しく浮かび上がっている。

「では、また」
「藤崎さん、今回は何ヵ月ほど…?」
「わがままな友人も淋しがるでしょうから、1ヶ月程ですよ」
「お待ちしていますわ、お土産話」
「ええ、鳴瀬と一緒に待っていてください」


そんな会話をしたのがつい1週間前だというのに、記憶が擦れて行く。
乱雑に打ち出されたキトク、の三文字をじっとみつめていると、鳴瀬の骨を拾う自分をありありと想像できた。

「だんなさま?」

エミリーが駆け寄ってくる。気付かぬうちに足に力が入らず、崩れてしまっていた。
かたかたと小刻みに足がふるえている。

いつか誰もが死ぬことを知らないわけではない。
鳴瀬は死ぬのではなく生きたのだ。
そう言い聞かせても、ただその事実が、私を苛む。

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