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どこをみているの
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2011/11/22  うすび
鳴瀬が危篤であると聞いたのは海外でだった。
イギリスでの買い付けの最中に、エミリーというハウスメイドが神妙な面持ちで電報を手渡してきた。
いつもは憎らしくほくそえみながら私を見る彼女も、今回ばかりは内容を読み取ってか何も言わなかった。
電報は唐突にくるものだが、意味はわかっていた。

日本をでる、と言い渡したときの鳴瀬はもはや虚ろに目を泳がせて頷いたかもよくわからなかった。
彼は早くに視力を亡くしていたが、それでも生気はみなぎっていたはずの瞳を私は知っている。
近いな、と思ったがもちろん口には出すまい。
傍にいた鮎子さんも少し困ったように微笑んで、先生、と声をかけていた。
もはや反応する気力もないのかできないのか、鳴瀬はただそこに横たわっていた。

最期になるやもしれないと私も鮎子さんも思ったにちがいない。

病室を出、玄関まで送ってくれた彼女は相変わらずマリアのごとき笑みを浮かべて、冬の夕空をまぶしげに見上げていた。

「先生、調子がよいときは少し動くのですけど……聞こえてはいるようです」
「なあに、ここにきて鮎子さんと二人きりになれると喜んでおるのですよ」
「まあまあ」
「最近は私が邪魔ばかりしていましたからな、イギリスで私もよい奥方を見つけねば」
「藤崎さんは選ぶ側でいらっしゃるでしょう?」
「一番選んでほしい方には選んでもらえない役回りでね」

ちらと鮎子さんを見る。
彼女は空を見上げたままでいた。なめらかな顎の線が美しく浮かび上がっている。

「では、また」
「藤崎さん、今回は何ヵ月ほど…?」
「わがままな友人も淋しがるでしょうから、1ヶ月程ですよ」
「お待ちしていますわ、お土産話」
「ええ、鳴瀬と一緒に待っていてください」


そんな会話をしたのがつい1週間前だというのに、記憶が擦れて行く。
乱雑に打ち出されたキトク、の三文字をじっとみつめていると、鳴瀬の骨を拾う自分をありありと想像できた。

「だんなさま?」

エミリーが駆け寄ってくる。気付かぬうちに足に力が入らず、崩れてしまっていた。
かたかたと小刻みに足がふるえている。

いつか誰もが死ぬことを知らないわけではない。
鳴瀬は死ぬのではなく生きたのだ。
そう言い聞かせても、ただその事実が、私を苛む。

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