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どこをみているの
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2012/06/17  CHILDREN
私のアパートの近くに児童館があって、土日になにかしらのイベントがあるらしく、ここ最近きゃいきゃいと高い声がよく聞かれる。彼氏が「かわいいね」と言うたびに吐きそうになりながら、笑って相づちをうつ。

児童館には不潔なイメージしかない。
私の小学校近くにあった児童館には小汚いガキばかりが集まっていたからかもしれない。
小汚いガキどもは大半が近所の市営住宅に住んでいたけれど、その市営住宅は不良といじめられっこの巣窟だった。
不良の子供は大体不良だから放っておいてもどこかしらで遊び回っているけど、いじめられっこには安全で安心な遊び場が必要になるらしい。
学校内で嫌われていて汚らしいガキはよく児童館に集まっていた、と思う。
大半がいわゆる鍵っ子とかいうやつで、首からヒモで鍵をぶら下げていた。その貧相なこと。
私の家や幼なじみの家は、母親が専業主婦だから昼間も家にいるしもちろん下校時刻の頃には夕飯の準備をしていたりする。
けれど市営住宅にすむいじめられっこの家は彼らが体現しているように貧相で、ゆえに親は共働きだ。下校時刻になっても親はいない。首から下げられた鍵はその印であり、それでも強く生きるのだと聞いてもないのに癪に障る主張でもあった。
アクセサリーひとつもしない小学生にとっては、首から下げる鍵は何か艶めかしいアイテムにも見えるのか、同級生のうち何人かは憧れを口にしたりもしていた。
でも、私や私の友人は小馬鹿にしていた。首から手芸センターで買ったようなヒモで鍵を下げているなんて、貧乏の証だと思っていた。
私も、たまに両親ともがいないときがあったけれど、朝に持たされる鍵はルイヴィトンのキーケースに入っていたし、友人が持たされていたキーケースはグッチだった。
その時にブランドの名は知らなかったが、あのヒモよりも何倍も意味も価値もあるのだと、私たちは知っていた。わかっていた。

私たちよりも意味も価値もない人間のくせに、児童館にいると我が物顔なのがまた気に食わなかった。
そういう子らの服は全部毛玉だらけで、色褪せていて、日向に当たりすぎた匂いを発していた。
汚いのではなく、汚らしかった。
汚らしくて、図々しくて、意味も価値もない。
児童館は私の中でそういう場所だったし、子どもができても絶対に行かせない。
児童館で働くおばさんも嫌いだった。市の職員だか保育士だかそれも曖昧だし今でもわからないが、とにかく高圧的で鍵っ子ばかりを優遇されていたような気がする。
なぜ、私より汚らしくバカな子どもが贔屓されるのか?
でも、次の瞬間には気付く。
ああ、私はあんな子どもたちよりも高尚で価値ある人間だから、あんなおばさんに構われなくとも一向にかまわない。あれは価値の低いおばさんで、価値の低い子どもの相手で一杯一杯なんだ。
子どもはいつも自分が特別だと思っている。自分の価値を保持するので必死になる。
子どもなんかみんな価値などないのに。

児童館に集まるガキも、それを見下すのに必死だった私のようなガキも。
首から鍵をぶら下げていても、ルイヴィトンのキーケースを持っていても、何の意味もない。
汚らしかろうが、小綺麗だろうが、ガキはガキだ。

「さえは、子ども何人ほしい?」
やっぱり薄汚いガキが多いな、とぼんやり思いながら児童館の脇を通り過ぎると、彼氏がそうとうてきた。
こういうことを聞いてくる男が一番嫌いだ。女はみんな子ども何人が好きだと勘違いしている。
「うーん、そうだなあ」
「二人?」
「かな?」
俺はね、と楽しげに話す彼氏に相づちをうちながら視線を感じて児童館を振り返る。フェンスごしにいかにも3日は風呂に入ってなさそうなガキが私をみていた。
あん?と眉間にしわを寄せるのと同時に、ガキの後ろからピンク色のエプロンをつけた女がやってきてガキの肩にぽんと手を載せた。
なにやら話しかけ、ガキが応えると女は顔を私たちの方にむける。彼氏が少し先で立ち止まった。
「さえ? さえだよね? 私だよ、しの」
「はい?」
女は親しげに私の名を呼んだ。
しの。
私の頭はフル回転して、一度だけ行った児童館の内装を思い出した。
目の前には薄いピンク色のスウェットを来ている女の子がいる。毛玉だらけで、胸にプリントされたキャラクターはもはや何かわからなかった。
首からほつれたショッキングピンクのヒモをぶらさげ、その先には古い形のカギがついていたはずだ。
学校では萎縮して、話し掛けてこないくせに児童館では我が物顔で私にルールを教えようと躍起になっていた。
村松史乃。
私はなんとなく頬を引き上げた。

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2012/06/09  あなたの
モーリーは顔をぐちゃぐちゃにして立ち上がって出ていった。ドアについていたカウベルが楽しげな音を立てる。
私は窓越しに彼女をみつめていたけど、彼女はいっさい視線を向けてくれることはなかった。短くなった髪の毛の合間を、長いきらきらしたピアスが揺れているのをいつまでも見ていた。
目にはもう確認できないけど、それでも彼女の後ろ姿がなくなって、見えなくなっても、私はピアスをじっと見て、そしてテーブルに突っ伏した。
店内には私一人。スカイブルーのテーブルと座り心地のわるい赤いプラスチックのイスがずらりと並ぶ。お洒落だと言わんばかりの室内で、私たちはどんな風に見えていただろう。
カウンターには黒いエプロンをつけた男がしれっと立っていた。あんたたちの話なんか聞いてませんけど、という顔をしてる。
私は横目で彼を上から下までじっと眺めた。優作の方がイケメンだしスタイルもいいけど、優作よりもモーリーを大切にしてくれそうだな、と思う。眉毛が少し細すぎるのが減点だ。
「すいません」
まだ机にうなだれたまま、私は彼に声をかける。少しぎょっとしたような顔をしたが、すぐに体勢をたてなおし口角をあげてはい、と返事をした。
私の前にも、モーリーがいた前にもコーヒーがおいてあるけどお互い一口も口をつけなかった。それどころではなかった。モーリーは私の言葉に釘づけで、私はモーリーのかわいさに釘付けだった。
「悪いんですけど、これ2つさげてもらって、新しくカフェオレひとつお願いします」
「ホットでよろしいですか?」
「はい」
「かしこまりました」
彼はコーヒーカップをお盆に載せると、カウンターに片付けながら奥に向かってカフェオレ、と言った。
私はまたぐたりとテーブルに突っ伏す。ふん、と小さく息を吐くと、テーブルが湿ったのが皮膚の感覚でわかった。そして立ち上る、わずかななまぐささ。テーブルを拭く布巾がきっと臭いのだ。雑巾みたいな匂いがする。
はっと顔をあげると、ちょうど彼がカフェオレを持ってきて立ち止まるところだった。私はすいません、と意味もなく小さく謝って姿勢を正す。カフェオレでございます、ご注文は以上でよろしいですか?などと常套句を並べ、相変わらずしれっとした顔で彼はまた定位置に戻った。
私は、じっとカフェオレを見つめる。さっきのコーヒーカップより、縁が分厚くて取っ手もなぜか太い。
持ちにくいカップだな、と思いながら私はゆっくりと口元に近付けた。牛乳の柔らかく、そしてもったりとした匂いが鼻先に届くと同時に気持ち悪くなって、ソーサーにまたカップを戻した。
カフェオレなんか、好きじゃないのに。
ふつふつと涙が盛り上がってきて、目頭から二粒こぼれた。
モーリー、私、カフェオレきらいだよ。
私はしくしく、一人で泣いた。

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2012/05/27  愛らしいピンク
二年前に読んだ本
私はもう忘れた
かわいいピンク色のワンピースが欲しかったのに
私はもう忘れた

かわいいと思ってたもの
私はもう忘れた
美しく気高いと思った指先や手のひらの感触を
私はもう忘れた

昨日は明日で今日だった
奇跡的な何かを生きると誰かが嘯く
御託はいいから傍にいてよ
もう1人はいやなんだ

メールアドレス15文字
私はもう忘れた
ずっと抱いてほしいと思っていた男の顔も
私はもう忘れた

誰かを悪者にする方法
私はもう忘れた
忘れた方がいいよといったあの子の唇の色
私はもう忘れた

今日は明日で昨日になる
私の日付は動かぬままで
どうでもいいからひとつだけ
この瞼腐るまで傍にいて

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2012/05/16  おと
大きい音がするたびに、心臓の近くが踏み潰されるような気分になるんだ。
おと、はそう言ってぼけっとしていた。ボクはふうん、と相づちをうって八朔を剥く。
「前にすんでたとこは、もっと静かだった。不思議なもので、静かな場所は清潔なように思えるし、うるさい場所は不潔なように思えるよ」
じゅわわっと音をたてて八朔の皮が剥ける。小さな果汁のつぶがはっきり空気になじむのが見えた。
「じゃ、ここは汚なく思えるの?」
果実をバラして、こんどは薄皮を剥かねばならない。
目だけは果実にやって、おとに尋ねた。
「汚なくはない、けど少し疲れる」
「へえ?」
「おれ以外の人間がいるのはわかってるけど、おれ以外のとこから音がするから」
「わからんな」
「そうかい」
「まあ食べたまえ」
ガラスのボウルにいれた八朔の素肌、よりも奥の肉が、少ししょげた山吹色に照っていた。
さんざん匂いの馴染んだ空気さえ、山吹色に見えそうでもある。
ボクは指をぺろぺろしながら、おとが八朔を食べるのを見つめていた。赤い唇に吸い込まれる山吹色の果実。
「うまいか」
「うまい。音がしゃくしゃく言う」
「言わんよ」
「言うさ」
おとはずっと同じペースで食べ続け、ボウルはあっというまに空になった。
底に、黄色い絵の具を洗ったような色の水がたまっている。
ボクはボウルを掴むと八朔のにおいがむわりとたつその水を飲み干した。
おともぺろりと指を舐めて、眉間にしわを寄せて笑った。
「お前、俺のいってることわかってないだろ?」
「怒ってんの?」
「いや。お前の剥く八朔は誰よりもうまい。もう少しうまくなるといいけど」
そう言っておとはちらと薄皮の残骸を見た。
白いビニールみたいな薄皮に、山吹色の実がぎちぎちとくっついたままのものが大半だった。
「迷いのない人の剥く八朔はうまい。お前はいつも、やさしく心臓を踏む」
おとは笑う。ボクはそうかな、と言って薄皮についた山吹色の子供たちを歯でこそげとっていた。

おとが帰り、ボクの部屋はボク一人になった。
耳を澄ましながら、おとの気持ちを考える。
いつも沈鬱そうに見える彼だが、話してみると存外元気そうにしている。
彼が話す悩みだってボクにとってはさして気にすることでもないことばかりだ。
でも、おとにとって悩むことが人生なら、おとにとって苦しむことが人生なら、ボクは彼の人生を知らなくては、と思う。
ボクは彼の話を聞くだけ。答えは彼が出す。だけど、おとがボクにやさしさを求めるならいつだって八朔を剥いてやる。
ビニル袋に入れて封をしていたのに、夜まで部屋には八朔のかおりが漂っていた。

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2012/05/13  わたしのきおく
目の前の景色はすべて偽物
色もなく残りもしない
スピードはあがって通り過ぎていくだけ
残りもしないの

あなたにわかってほしかったこと
わたしにのこしておきたかったこと
そういうものが全部
色褪せていってしまうのよ
今見ているもの全部
今感じているもの全部

麗しき日々、私の全て
あなたたちがいてくれるなら
明日死ねるのに

頭のどこにも残りはしない
毎日過ぎ去っていくだけ
うそばかりの歌に身をよせて
いつから真っ白になったのかしら

あの時見ていた世界と今は、何が違うの
年を重ねるごとにつぶれる網膜は
もう、色を感じ取れないから

焼けただれたフィルムには何もうつらない
うつらないことを、私は知らない
知らないふりをしている

ふりを、している

忘れられないことなんて、ひとつもないの。

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