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2015/08/02  「今日もごちそうさまでした」・「ともだちは海のにおい」感想
◆「今日もごちそうさまでした」角田光代著/新潮文庫◆
料理番組とか料理本がとても大好きです。どうしてだかよくわからないんだけど、食べ物が調理されて色を与えられるところとか、まあ、おいしそうに見えるもの全般好きだし、あとは料理する手もとても好きだ。水に濡れて、水滴がついた手、と、料理人の手はすべからく健康的で赤みを帯びていて美しいと思う。
で、そんな私も今更ながら「そういえば食エッセイって気になっていたけど読んだことなかったわ」と最近気付き、高山なおみさんとか土井善治さんの本をぱらぱら見ては「あああ~これはハマるかもしれないけど~~~今は読めるかわかんないから~~~」と思って買わないばっかり。
先日、一時間ほど新幹線に乗る機会があり、つまらんから暇つぶしになんか本でも買おうとコンコースの本屋にふらっと入ったら目に入った「今日もごちそうさまでした」。本当は高山なおみさんの本を買えばよかったのだろうが、しかし、なかったのだ。そういうときに限って!で、直木賞作家だし面白いかな、と、最初の方がちょっと面白げな香りがしたので買ってみました。で、感想としては、別にそんなにおいしそうじゃない、ということ。どうしてだろうか。面白いかというと、そりゃまあ、文章上手だし、目のつけどころ面白いし、そういう意味で「面白い」んだろうけど、食材や料理の「良さ」がなんか感じられないというか、食エッセイの醍醐味である「おいしさ」が全然伝わってこない(醍醐味とか言って食エッセイ読んだことないのに)。まあ、きっと勝手に料理本みたいなのを求めていたのかもしれませんけども。
文章を書く人の、可哀想なところって、文体、だと思う。今回読んでいて思ったのは、食エッセイで料理のお話とか食材のお話がメインなんだけど、どうしたって角田光代の文章になっちゃってて、なんだろうなあ、食や料理が浮き立ってこないというか。面白おかしく(本人は意図していないにしても)かけてしまうから、その分、おいしそうじゃない。そう思うと、文体って、こういう、エッセイには邪魔なんじゃないかと思うわけです。
しかもテーマが料理、だからかも。まずそうでもおいしそうでも、ある程度の興味をそそられるはずなのに、なのに、まったくそそられない。なんでだろう。なんでだろうか。難しい。これが、料理をテーマにした小説なら、全然違うんだろうな。あくまでエッセイだから。面白おかしさとかいらないんですよね。哀愁とか、いらないんですよね。難しいな~
私も、何か小説を書くときに、料理の描写をするときは、できるだけおいしそうにしたいなと思うんだけど、無理だな!と思って大体料理名を出すだけにしてしまう。料理って難しい。

◆「ともだちは海のにおい」工藤直子著/理論社◆
先日、名古屋の古本屋さんで見つけた、大好きな児童書(?)。
昔アマゾンで買おうと思ったらなんでだったかかえなくてものすごいショックを受け、それから探す気もなくしていたのに、見つけた瞬間に問答無用で買うと決めました。同じシリーズの「ともだちは緑のにおい」も好きだったけど、こっちの「海」の方が私は好きだなあ~。
お話は、海に住むいるかとくじらのある日あるときのお話。いるかとくじらが出会って、友人になって、一緒にお茶を飲んだりビールを飲んだりする。いるかの得意な回転やわくぐりをしたり、聡明なくじらが宇宙や真理の話をする。怖い夢を見ると、いるかはくじらの家に行って頭をなでてもらう。二人で人魚にファンレターを書いたりする。
めちゃくちゃかわいい。そして、言葉のぬくもりや切なさに、なんか涙がでてくる。寂しいお話なんて一つもなくて、くじらといるかのかわいらしくておだやかな友情が素敵で、なのになぜか、とても涙が出てくる。耐え切れなくて、何度も何度も、いるかとくじらのセリフを読みかえす。いい。すごくいい。
なんにも難しいことはない。誰かと一緒に想うことを話し、共有して、好きでいる。
そういうこと、全然、できてないな、と、自分に思う。だから泣けてくるのかもしてない。心えぐる。えぐってくるわ…とってもいい本です。

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