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2011/08/24  読書
「夏の日差しが過ぎ去ると、途端に秋深くなり空気が憂ゐを帯びた。
窓から流れ込む風は確かに、緑の生命力を伝へるものから、老ゐてゆく味わひを伝へるへ変つていつた。」

先生の書かれた短編集の、丁度真ん中にある「秋」という話の出だしを読んでいると、
開けていた窓から緩やかな風がふわふわと流れ込んできた。
まさにこの文の通り、夏の盛りを過ぎると空の色も空気の匂いも植物も
とたんに憂いを帯びたように乾いた色へと変化する。
外では相変わらず子供たちの遊ぶ声が高らかに響いていたのだが、それすら夏に聞くのとは違う印象をこちらに与える。
向かいのベッドに横たわる先生は、昼過ぎの緩やかな時間に任せて眠っておられた。
私たちの病は日の光にも弱いから、いつも窓にはカーテンを欠かさない。
夏の盛りをすぎてなお、私たちはこの緩やかでいとおしく思える秋の日差しにも触れはできない。
「こんにちは…あら、先生は眠っていらっしゃるわね」
開け放たれた出入口から、鮎子さんがひょっこり顔を出した。
白いブラウスに紺色のスカートという彼女らしい質素な出で立ちだったが、それはよく似合っていた。
鮎、という名前の如く彼女の所作全てがしなやかで美しい。
決して華美ではなかったが、彼女には見つめれば見つめるほど表れる美しさがあった。
鮎子さんは足音を立てないようにそっと入ってきて、私の寝台のそばに座った。
何か花の匂いがした。
「……あら、葵さん、先生のご本を読んでいらっしゃるの」
「ええ、お名前だけは存じ上げていましたが、中々読む機会もなく」
「お向かいになったら丁度よい機会ですものね、私もよ」
「鮎子さんも?」

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