どこをみているの
2025/02/06 [PR]
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2014/11/30 深夜のホームにて
気付いたらもう、11月だった。で、もう11月が終わる。そんなことあっていいんですか、と佳奈美がぶつくさ言うので祐二はしょうがないだろ、と、お決まりの言葉を言う。祐二さんね、いつもしょうがないだろって言うけど、この世にしょうがないことばっかりだったら私たちどうして生きてると思ってるんです、とまた息巻いた。佳奈美は酒が入ると面倒くさい。どうやっていなしていけばいいか、と思っても、やっぱり出てくる言葉は同じだった。
「しょうがないだろ、だって生きてるんだし」
「そこはしょうがなくない、っていうか、しょうがないのはあんたの口癖でしょうが」
「だってしょうがないだろ。口癖ってお前言ったじゃん」
「あーーー、もうこれ、しょうがないしか言わないんでしょ。そうでしょ。で、しょうがないんだよね、とか、また言うんでしょ。それすらしょうがないっていうんですか。ああ、もうゲシュタルト崩壊してきました。というか、何がしょうがないですか。仕様がないって、何がですか。なんにも、自分で、できないってことですか」
佳奈美、もっと声落として、と、手で彼女の口をふさぐ。終電二本前のホームには、祐二が気にするほど人がいたわけではなかったが、人がまばらに立っているからこそ、喧騒のなさが目立つ。故に、佳奈美の声も高らかに響いてしまうのだった。彼女は口をおさえられたことにはっとしつつ、今度は考えるように目を閉じた。ふと、手のひらにこそばゆさを覚え、佳奈美が祐二の手の匂いを嗅いでいることに気付いた。慌てて手をひっこめる。佳奈美がにやりと笑った。八重歯が覗き、唇が不恰好にめくれ上がる。キスをしてみたいが、噛まれたらいたそうだ。
「かぐなよ匂い」
「しょうがないでしょ」
「なんもしょうがなくないよ。なんでかぐの」
「なんとなく。手のひら、お醤油の匂いしました」
「お前がこぼしたからだよ」
刺身がおいしいという居酒屋に佳奈美を連れて行ったら、彼女は大喜びして生だこだの白子だの金目鯛だのを頼んでいたが、酒がまわるにつれて手元が怪しく、小皿に注ごうと醤油の小瓶を手に取った瞬間にごろりと倒したのだった。幸い、こぼれた量は少量だったが、おしぼりを二人分茶色にするぐらいにはこぼれたので、祐二の手は醤油臭かった。手を洗いに行こうとタイミングを見計らっていたが、酔った佳奈美を一人席においておくことが怖く、結局洗えなかったのだ。
「ふ、しょうがないって言わないんだ」
「なんかダジャレみたいだろ」
「ふ、ふふふ、しょうゅがないってか」
「こら、また声」
佳奈美の声がホームに響いた。その声尻に重なるように、電車がやってくるアナウンスがぼやりと響く。まばらな人影がすと乗車位置についた。酒の熱と、ほんの少しの友達以上の関係に浮かれている自分たちがすっかり浮いているのがわかるほど、整然とした動きだった。すいません、と、なんとなく口元だけで呟く。
「祐二さん」
「ん?」
「私、しょうがないって言葉、嫌いです。だってそれって自分で何にもしないってことじゃないですか。なんかできるかもしれないけど、諦めてるってことじゃないですか」
さっきまでの浮かれた調子はどこにいったのか、床に張られた乗車位置を案内するテープの内側に収まった途端、佳奈美の声のトーンが低くなる。彼女を見やると、まっすぐに前を見ていた。前からみると丸顔で、アライグマみたいな彼女だが、横顔は思いのほか鼻が高い。
「……前から、しょうがないって、言う人嫌だったし、今でも祐二さんがそういうとき、ちょっと気に食わないんだけど」
どきりとする。さして深い意味で使ってきたことはないが、でも、確かに物事の受容のためよりは自分に言い聞かせるために使っていたかもしれない。そこまでの語感が自分にはなかった。しょうがない、と、言う方が落ち着いた。物事に立ち向かうのは骨が折れる。
「でもね、私、祐二さんがしょうがないって言ったら、しょうがなくないって、言い返してやろうと思うんですよ。しょうがないことなんか、最後までやってみてもしようがないことなんか、ないんですよ。きっと、この世には。だから、喧嘩になっても、祐二さんにはしょうがなくないって、言い続けたい。言い続けたいって思ったの、祐二さんが初めてです。で、思ったんですよ。私、祐二さんのこと、大好きなんだなって。言い返すためには、祐二さんとずっと一緒にいるしかないなって。どうですか?」
物事に立ち向かうのは骨が折れる、が、それでもいいと思うものがこの世にはあるのだということを、すっかり忘れていた。それはもう、本当にどうしてかはわからない。ただ、骨が折れても大切にしたいと思う。まっすぐに、見つめ続ける。佳奈美が祐二を見つめる。
彼女がいいと思ったきっかけは、些細なことだった。社内の自販機で険しい顔でコーヒーを選んでいたところに遭遇したのだ。顔はなんとなく見知っている。三つ下の同僚だ。
「八束、さん?」
「は、あ、塩尻さん、どうも」
名前も朧ろだったが間違ってはいなかったことにほっとした。
「なんでそんな険しい顔してるの」
「あ、いや、本当はミルクカフェオレが飲みたかったんですが売り切れで、カフェオレで妥協しようかと思っているんですけど、外のコンビニ行けばミルクカフェオレのLサイズが100円増しで買えるんですけど、Lサイズだと大きすぎるけど、このカフェオレあんまり甘くなくてああでも今私、細かいのは100円しかなくて、大きいのが一万円なのでコンビニで一万円崩したくないな、と」
最後まで聞き終える前に思わず吹き出すと、八束佳奈美はきょとんとした。その顔がアライグマに似ていて余計に笑える。
「しょうがないな。はい」
祐二が差し出した手に、ほぼ反射のように手を出した。佳奈美の手のひらには100円が置かれた。
「え、そんな、いいです」
「100円ごとき貸しでもなんでもないよ。Lサイズ買って来たら。余ったら俺飲むよ」
「は、はは」
佳奈美は小さくお礼を言って笑顔を見せた。その時の八重歯が、可愛かった。
「どうです、って」
電車が滑り込んでくる。ぶおおん、と、警笛なのか車輪の音なのかいつも聞きなれていても出所のしれない音が鼓膜を揺らした。停止線ぴったりの位置に止まり、乗車位置ぴったりにドアがやってくる。整然と並ぶ人らの前にあるドアと同じ様に、二人の前のドアも開いた。暖められた車内の匂いは、綿菓子のようにもこもこと外にはみ出してきた。冬の匂いだ、と思う。
「……しょうがない、ね」
「そうでしょ」
佳奈美は満足そうに鼻息を荒くした。なんとなく、二人で電車を見送る。はみ出していた車内の匂いは閉じ込められて、またどこかへ運ばれていく。ホームにはすっかり二人だけになった。向かいのホームにも人がいない。
「あ、これはしょうがなくないって言わないんだ」
「だって、私が祐二さんのこと好きなのも、祐二さんが私のことを好きなのも、こればっかりはしょうがないですもん」
「なんだよ、もう」
「しょうがないしょうがない」
佳奈美の声がまた大きくなったので、今度は唇で、その口をふさいだ。八重歯は当たらなかった。
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なんとなくリハビリで書いてみたけど、びっくりするほどつまらない。行き詰ってる感満載ですね。死にたい。うう。
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