どこをみているの
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2014/08/03 気分屋のデアリード・ルルシー
気分がのらなくてもできるだけ日記は書こうと無意味に決意する。
でも、たぶん、そのうちまた書かなくなる。そういうことの繰り返し。特に意味はない。
また、「言葉でハートを打て!」に参加しています。
http://necotoco.com/nyanc/bunfreeosaka_ug/kotohato/
の「純文学リーグ」に「セレンディピティー」を掲載していただいています。
もう、前回のでやめようと思っていたのに懲りずに。今また、激しく後悔している。
批判をするわけではないが、こういうのをやっていて思うのは、知り合いが多い方が良いのだろうということで、結局内輪のネタのようになってしまうところがもどかしい。
こうやって同人で書いているアマチュアがたくさんいて、実力がある人、プロにはない癖のあるものを書く人、ニッチな人、とか、色んな人がいるんだなと改めて思ったので、そういうのを、そういうことを知らない人にこそ見てほしい。
とはいえ、私のような、軟弱なんちゃって物書きは、こういうものに参加するだけで普段は交流を持たない人にも見てもらえる可能性が出てくるので意味はあるのだろうが、内内で盛り上がっちゃう感じが否めない。
でも、やっぱり、限界はあるのかもしれませんね。結局、商品として価値があるわけではないから。面白くないとかいうことではなくて、しょせんアマチュアということです。そして、そういった舞台に上がったときにはただ消費されるだけのものになるのも、きっと喜ばれないんだろう。
あんまりこういうことは考えたことがないし、悪口のようになってしまうからもう言わない。
さっき、町内会の盆踊りを見てきた。
町内会に入っていると福引券がもらえるので、一応それを引きに行く。私が子ども会に入っていたときは、浴衣を着て一生懸命盆踊りを踊っていたけど、それも小学二年生ぐらいまでだったと思う。
三年生とかになると、なんか盆踊りダサい、という気持ちも芽生えてくるし、それ以上に子ども会という場所がすごく居心地が悪く感じていた。同学年の子で、女の子が私を含めて三人しかいなくて、あとはみんな男の子。年上の子もなんか苦手だったし、年下の子ともあんまり話したことがなくて、人見知りというわけでもなかったけれど、学校のように自由に振舞えなかった。
子ども会の役員のおばさんも好きじゃなくて、なんかみんな乱暴というか肝っ玉かあちゃんっていう感じで(この年になると役員は大変だろうなってしみじみ思う)、自分の子どもじゃなくても大声で怒ったりしておぞましく思っていた。
というか、学校もそんなに好きじゃなかったなあ、と、盆踊りのぼんぼりを見て思い出していた。
よく一緒に遊んでいたグループの子たちは、私と家が反対方向で、ぼんやりとした疎外感をいつも感じていた。家に帰るまでの数十分で何が深まるのかよくわからないけれど、確かに私以外のあの子たちは仲が良さげだった。うらやましかったなあ。
あんまり同級生に好かれるような性格じゃなかったのもあるかもしれない。私自身が。
夏休みも楽しいような楽しくないようなものだった。長すぎる休みは、今も何をしていいのかわからなくなる。
朝も九時ぐらいに起きると母が掃除機をかけていて、夏休みの友をやろうとしてもうるさいし、暑いし、なーんにもしたくなくって、そうすると母にきんきんと怒られたりして、でも、遊ぼうとなる友達もいなくって。
そういえば、学校のプールが開放されていたから何度か歩いて行った。汗かきながら、後ろからは母が日傘をさしてついてきた。母はプールに入らないで、プールサイドの日陰で私を見ていたと思う。
その日、プールには誰もきていなくて、私は顎が少しつかるぐらいの、深いプールで一人ぷかぷか浮いたり潜ってみたり手で水をはじいてみたりして一人遊んだ。ぴちゃぴちゃとが跳ねる音や手を押し返すその力が好きで、水の中に溶けたいと思った。たった一人だった。
一人が好きなわけではなかったけれど、自分じゃあどうしようもなかった。
でも、同級生や上級生下級生の集まるにぎやかな子ども会も嫌いだった。遠足とかボーリング大会とか秋祭りとか、要所要所で集まりがあってそれに参加していたけれど、本当は行きたくなんかなかった。にぎやかな場所で自分一人になるのが怖かった。いつもそうだった。
盆踊りも、浴衣を着れることだけが嬉しくて、それ以外はどうでもよかった。近くの公民館へ行くのに、隣家の、二つ上のお姉さんと、彼女の妹、私よりも三つ下の子と一緒に行った。同じ町内会に、彼女らのいとこが住んでいて、このいとこも女の子で、私の一つ上の子と、四つ下の子だった。皆、血がつながっていて親戚なのに、そこに放り込まれた私はもちろんよそ者で、あんまり話はできなかった。年上の子たちは年上の子たちで何か話をして嬉しそうに笑っていたけれど、私をそこにいれてくれることはなかったし、年下の子たちも同じで、私はただ彼女たちの後ろから静かに歩いていただけだった。
仲間に入れて、も、断られたら怖かったし、彼女たちが帰るとき、私のことを呼んでくれないことが明確だった。いじめられていたわけではなかったから、たぶん、存在がちゃんと認識されていなかったということなんだろうな。そんなことは多々あるし、十年前以上も前のことだから仕様がない。
夏は、だから、そういうことを思い出させる。元気なくせに、私には悲しい思い出ばっかりだ。
なんかいい思い出あるかな、と思ったけど、大学時代も二か月もの夏休みをすごくもてあましていた覚えがある。でも、あれは楽しかったかも。一日家にいて、小説を書いて、買い物をしに外に出て、友達にご馳走した。
そういう思い出が私にもあってちょっとほっとした。
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