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2015/07/26  やさしいこと
「枝豆、塩はいつ振るのが好き?」
「ハルくんはどっち?」
「僕はゆでた後に振るのが好きかな。塩の甘いのがいいなと思って」
「あ、待って、俺は蒸す派。甘くなっていいよ、枝豆」
久しぶりにお互いがゆっくり休める定休日、昼間からビールを飲もうと提案したのは彼の方からだった。いつのまにか信楽さんのための箸や食器が当たり前にそこにあるようになった。少し広めのベランダに、先週彼が持ち込んだウッドテーブルとチェアを置く。つまみは僕が作ると言ったが、信楽さんは枝豆は俺がやるよ、と言ってキッチンに立った。
銀のボウルに枝から切り離した枝豆をざっと放り、塩を、これもまたざっと振る。何度も何度も揉みこむと、枝豆の緑が濃くなり、生き生きとしはじめる。普段、繊細なスイーツばかりをつくる姿を見ているからか、こうしてざっくりと枝豆を扱う姿が不思議だった。枝豆から出る水分で、信楽さんの手の甲がしっとり濡れており、少し艶っぽい。
「濡れた手って、すごくいいですよね」
「なに、ハルくん口説いてるの?」
信楽さんは不敵な笑みでこちらを見たが、目は合わせられなかった。
枝豆に塩が馴染んだら、鍋に移し少なめの水を入れて強火で茹でる。ぐつぐつと煮立ったらすぐ火を止めてあとは蒸して火を通す。枝豆特有の、香ばしいような草っぽい香りがして、すぐにでもビールが飲みたくなる。そんなことを言ったら、酒に合う料理を作るうちに我慢ができなくなってキッチンドランカーになってしまったシェフの話になり、蒸しあがるまでひと笑いした。

「うわ、やっぱ外暑いね」
前日から用意していた小アジの南蛮漬け、セロリと海老のタルタル、鶏軟骨の串焼き、そして山盛りの枝豆をテーブルに並べる。夏の日差しは屋根に遮られていたものの、湿度を含んだ重い熱は汗を一気に呼び起こす。凍らせておいたビールグラスに注いだ黄金色の飲み物は、口から喉、喉から胃へ落ちていき、僕たちを満たしてくれた。
「あー、なんちゃってビアガーデン。なかなかいいね」
「ウッドテーブルなんてよく持ってましたね。あんな荘厳な家なのに、こんな洋風なもの」
「撮影で使ったんだ。なんとなくもらってきちゃったんだけど、今日の日のためだったんだな」
「信楽さんは………よくそんな寒いこと言えますよね」
彼は一瞬きょとんとして、それからけらけら笑った。
「当たり前だろ、好きな子口説こうとしてるんだから」
「口説いてるつもりですか、それで」
「フランスじゃあ当たり前だけどな。ハルくん、慶介って呼んでよ。……まだ、ダメかな」
不意に真顔になった彼は、枝豆を手に取って一粒、二粒、と噛み砕くとビールで流し込んだ。こめかみから汗が流れている。僕の鼻の頭にも汗が浮いていた。ビールをあおる。相変わらず美味い。
「……僕に、信楽さんと一緒にいていい資格が、あるのかは」
「そんなことは、誰も決めない。ハルくんにだって決める権利はないよ。ハルくんは俺じゃない。ハルくんじゃない俺は、ハルくんと一緒にいたいと思ってる。それが、何か、ダメか?……なあ、もう、我慢出来ないんだ。俺、そんなに辛抱強いほうじゃないから」
信楽さんの真っ直ぐな瞳はいつも、真っ向から僕をつかんで離さない。いつも、彼は、僕の腕をつかんでいる。まっすぐ、見つめたまま。僕を、見てくれている。
彼は小さな声でごめん、と言い、また枝豆に手を伸ばす。僕はその手を捕まえて、指を口に含んだ。指先から信楽さんの緊張が伝わる。僕の緊張が伝わったのかもしれない。
彼の指は塩の甘い味がした。

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<<ひとりの夏HOMEWith Someone,Without Anyone>>