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2015/02/14  だきとめて
クリスマスにディナーはつきものだが、バレンタインにディナーというのはあまりないのかもしれない。予約客は二組、料理はキッチンからフロアに滞りなく運ばれていく。バレンタインだからと、犬養くんは今日のデザートを大分前からガトーショコラに決めていたようで、ハート型にくりぬいた砂糖菓子なんかもつけていて楽しそうだった。加島さんと宮下さんは行ったり来たりを繰り返してはいたが、疲れた顔一つ見せない。彼女たちも、誰かにチョコレートをあげたのだろうか。ごちそうさま、というお客さんの優しい声を聞くたびにほっとする。
「お疲れ様、でした」
「うん、お疲れ。あ、これ、江野くんに」
「え、いいの」
一足先に加島さんが帰り、宮下さんも最近できた彼氏と約束があると言って戸締りを仰せつかった僕と犬養くんだったが、彼はラップにくるまれたガトーショコラをこちらに差し出す。ちゃんと、あのハート型の砂糖菓子もついていた。
「時間あったしさ、加島も宮下さんもどうせ彼氏にチョコとか渡してるんだろ、悔しいじゃん。江野くんもいないって言ってたしさ」
「ありがとう。犬養くんはお菓子が上手だからいいね」
「江野くんだってやろうと思えば作れるっしょ。でも問題はさ、やっぱりおいしいとかじゃなくって女の子からもらえないと意味ないってことなんだよね。俺、なまじ自分で作れちゃうからほんと悔しい」
「はは」
小柄な犬養くんは飛び跳ねるようにして憤慨していたが、でも、俺のチョコはうまいから、と言って最後は白い歯を見せて笑ったので僕も笑った。
この冬に買ったロングのダッフルコートは温かいがその分重い。立春もすぎたというのに昼間は雪がちらついていたし、陽が落ちて雪はやんだが空気は冷凍庫のように冷たい。肌が乾燥しやすく、ひびが入っていくように思える。家まで十分、普段なら何とも思わない距離だというのに、こういう日は三十分も歩いているような気になってくるのだった。家についたら温かいコーヒーと、犬養くんからもらったガトーショコラを食べよう。砂糖菓子は、最後に取っておこう、か、その前に携帯で写真をとっておこう。
「こんばんは」
急に声をかけられて驚くと同時に、声の主がすぐにわかる。背の高い彼の影が、僕の足元に伸びていた。ドアに凭れている。玄関灯が照らす彼の頬は、オレンジ色だった。
「ごめん、来る途中に連絡しようとは思ってたんだ、けど」
「あ、いや……寒かったでしょ。結構待ってたの?」
「十分ぐらいかな。ちょっと前までコンビニいたし」
「そう、ですか」
「うん。部屋、いい?」
「うん」
一か月ぶりの彼の姿や声に、思わずもらったガトーショコラを取り落しそうになってしまう。彼はすぐにそのお菓子に気付いた。
「バレンタイン?」
「うん、そう、これ、うちのパティシエがくれたんだ」
「犬養くん? だっけ。手でもってなくってもいいのに」
「そう、犬養くん。かばんに入れると形崩れちゃいそうだから。犬養くん、自分で作ってるのはやばいって言ってたよ」
信楽さんは噴き出しながら、部屋に上がる。

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かけませんでしたpart2

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