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2015/01/18  「乳と卵」感想
「乳と卵」川上未映子著/文春文庫
娘の緑子を連れて豊胸手術のために大阪から上京してきた姉の巻子を迎えるわたし。その三日間に痛快に展開される身体と言葉の交錯!――amazonより
最後の一文いらないんじゃないのこのあらすじ…?と思う。のであった。
前から、金原ひとみはよく読んでいて、金原ひとみが好きな人なら川上未映子も好きだろうなと思う。つまり、女、ということをいやというほど表にだしてぐいぐい押してくる。今や結構主流になっているかもしれない。アマゾンのレビューで、いかにも芥川賞選考委員が好きそうだとかなんだとか書いてあったけどまさしくそういう感じがありました。豊胸に固執する巻子と、そんな母に心を開けなくなっていく緑子。その二人をどこかぼうっと見つめる巻子の妹。基本的に妹の視線で話が進むけど、女性なら結構「はあはあ」と思うところがあるんだと思う。男の人はこういうのを読んでどう思うだろう?
色んな方面から、といって、実は一方向のみの、女へのアプローチ。それはもちろん女から女へのアプローチで、視野が狭いようで実はそれがすべてだったりする。なんかうまく言えないな。
女、ということは、どういうことだろう。女、である、ということ、たとえばそれは、胸がある、化粧をする、股間には何もない、とか、生理があって、つまりそれは子どもを産む構造が体に備わっているということ。だ。巻子は、胸が小さくて、豊胸に固執しているけれども、それって何のためだろうと思う、が、巻子自身も、もうとらわれすぎていてよくわかってないのかもしれない。でも、なんか、わかるんだな。何のためって言われれも、それはもう、なんだ、自分のためでしかないというか、自分の「女」という性のため、でしかない、というか。
そういう、「女」という部分に固執する母に緑子は嫌悪感を感じていて、言葉を発さない。何も言えない。自分だって女なのに、女という生き方がまだ飲み込めない、の、かもしれんのだけども、いやもう上手く言えないな。うん。
女性作家が女性を描くと、どうも因縁めいたものになってしまうよね。リアルすぎて、もうリアルじゃなくなってしまうというかな。女のくせに女をけなす。女を憎む。でもその裏側は、女という性を愛している。女としての生きにくさを愛しているんだろう。不思議なのは、男性作家で男性のことをこうもこき下ろす話ってないんじゃないかって思うよ。そういうところで、女性は愛情深いのかもしれないね。

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