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2013/07/18  真珠の首飾り
私が母にねだったものはほとんどなかった。
というと、なかったというくせにあったのか、と言われてしまいそうだけれど
自分の記憶の中で覚えている「おねだり」はまったくない、という意味だ。もちろん、私だって世間一般のそれなりな子どもだったのでねだったことも数回あろうが、それでもまったく覚えていない。
ただ一つ、覚えているのは、就職したてのときにねだった真珠の首飾りだった。
しかも、正確に言うとねだったというよりも、母が何か就職祝いに買ってあげましょうかね、と言ってくれたのでじゃあ真珠で、なんていう話の運びだった。母は、あんまり物欲のないあんたでも、そういってくれると嬉しいね、なんて言っていたのでやっぱり私は小さなころからねだることはしない子どもだったようだ。

そんな話をすると、男たちは少し悲しそうに笑って決まって私の頭を撫でた。
大きな手もあれば小さな手もある。肉厚の手もあれば貧弱な手もある。その手で、私を憐み私を弄ぶのだ。
男性はロマンチストなのだ、というのが、この仕事についてからよく思うことだ。男は論理的に考えられる生き物のはずなのに、プライベートの、殊に色恋沙汰になるときまってロマンを求め始める。
ロマンってどういう意味なのか、私は今まで調べたことはないけれど、辞書よりもその意味を実感として理解していると思う。
「それで、真珠の首飾りは買ってもらったの?」
その夜も、立花さんという常連客は私の頭を愛おしそうに撫でていた。彼にとって、この話のオチが買ってもらっていても買ってもらっていなくてもどっちでもいいのだ。ただ、私が彼を頼って自分の昔の話をしているというこの状況と、彼がその話を聞いて子どもなのに無邪気にねだることを我慢していた私の偶像を、彼が丁寧に仕上げていることが大切なのだ。
「うん。最初で最後のおねだりだったかも」
「そうか。なあ、俺におねだりしてみてよ。なんでも買ってあげる」
「立花さん、誰にでもそういってそうだよ」
「里佳子だけだよ」
立花さんの手は、どちらかというと女性のような色白の長い指をしている。触るときもどこかフェミニンな感じがしていた。

***

久しぶりに何か書きたいーと思って
久しぶりによくやっていた断片を書いてみると
気付かなかったことに気付けるようで
また、日記つけよーと思う日々でした。

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