どこをみているの
2025/02/06 [PR]
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2014/09/25 弾かなければ地に落ちる
深呼吸をする。ステージの上、僕以外、もう誰も呼吸するものはいない。
何も聞こえない。心臓の音、耳の奥、血の流れる音、そんなものとも、もう無縁だ。
僕はただ、手にした無名のバイオリンとだけ、生きている。ただただ、この木を彫りだした塊と音を出すためにこの場所に立っている。無音。真空。なんでもよかった。僕とバイオリンだけが、この、静寂の空気の中で形を持っている。何百人といるはずの聴衆の姿も、もはや存在しなかった。
弦と弓が触れ合う瞬間に、彩りがはじけ飛んでいく。一瞬の間。一瞬の差。何もかもがほぐれて、壊れて、美しく絡んで、何者にもなっていく。
もう、なんでもよかった。
ただ、彼だけに、音楽を愛し、バイオリンを愛し、自分だけを憎み、自分だけを責めた、彼へと、僕の、ただ僕という一人の男の、ばかげた、幼い、純粋な音を、彼だけに届けたい。
届かないかもしれない。ここにはいないかもしれない。
バイオリンは悲しい音がする。だからお前みたいな楽しい奴が奏でるべきなんだ。
そう言ったあなたの、ただ誇り高く気高く生きるあなたの、悲しく生きるあなたの奏でるバイオリンはどんな音がするのか。
それは、誰よりも、美しい。
「太見さん」
工房から本当にふらりと出てきた彼の腕を掴む。びっくりしたように目が見開かれ、灰色がかった瞳が僕をじっと見る。彼はいつもの、白いオックスフォードシャツにキャメル色のエプロン姿でいた。木くずが、彼の前髪からぱらぱら落ちる。手の力を緩めると彼は思い出したようにはっと動いて、自分の腕をひっこめ僕に背中を向けた。でも、歩き出そうとはしない。
「太見さん……あの、僕、」
「……ドイツ語話せってんだろ」
つっけんどんで、くぐもった声が遠く響く。
「でも、ほら、想いを伝えるには母国語が一番っていうか」
「知るか」
「……僕、バイオリンがやっぱり好きです」
「知ってる」
「太見さんのバイオリンが好きです」
「…知ってる」
「太見さんのことが、好きです」
さすがに、物語のようにはうまくいかない。彼は背中を見せたままたっている。身じろぎひとつしない。小鳥のように囀るだけで愛を伝えることができたらいい。バイオリンで会話ができたらいい。口下手でも、音楽ははっとするほど饒舌な人がいる。事実、ステージ上では音だけが僕たちのコミュニケーションツールとして生きている。でも、ここは、ステージの上ではない。彼の店の前の石畳の上だし、僕の目の前にいるのは音楽を聴きに来た聴衆ではない。たった一人の、美しい人だ。
日が落ち、外灯がぽつりぽつりと灯る。昼間、抜けるように青かった空は一転して群青に塗りつぶされ、やわらかいオレンジ色の外灯を映えさせる。僕はぎゅっと、こぶしを握った。
「……太見さんは勘違いだのなんだの、言って、聞いてくれないけど、僕、本当にあなたが好きだ。好きです。好きなんですよ。……あの、僕、あなたを思うだけで、太見さんのためだったら僕、どんだけでもいい音が出せる。バイオリンもそうだ。あなたを選んでる。あなたが選んだバイオリンだから、あなたが作ったバイオリンだから、良い音が出るんだ。さっきの演奏、ねえ、聞いてくれました?生きてきた中で、一番いい音が出せた。一番いい演奏だった。太見さん。僕、あなたが、好きです」
「……俺は大嫌いだ」
彼もまた、こぶしを握っていた。
「俺はもうバイオリンは弾けないし、聞けないし、何もできない。……やめろよ、そんな、純粋に、好きとか良いおととか、言うなよ。お前、十分すごいよ。お前の音は、誰もを引き付ける。きれいだ。そんなお前が、そんな、ことを、俺の楽器を弾くとか、俺の音が好きとか、そういうこと、言うな。やめろよ。もう、いいよ、俺は、お前と、いると、どんどん自分が、どんどん醜くなってくんだよ。俺は、もう、誰のためとか、綺麗な音とか、そんなことは」
声が尻すぼみになる。後ろから抱きしめた。彼の体のこわばりが伝わる。
「僕、今日は、自分のためだけに弾きました。太見さん。僕ね、誰かのために演奏するってことは、すっごく尊いって思ってたんだ。けど、今日は、僕だけのために、太見さんを思う、僕だけのために、弾いたよ。ねえ……自分のために弾くことも、同じぐらい尊いよ」
彼の手が、僕の手に沿う。
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何が書きたかったのかなー!
BL(?)って、BLっていうだけで大きな要素なので、他の自分の書きたいこととか書く余裕がなくて困る。
いい加減、サイト更新したいなあ。
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