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どこをみているの
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2012/04/18  万年筆2
「鮎子、私はね、」
「私はもう、学生じゃあありませんし、他人でもありません。そんな、諭すようなこと、聞きたくありません」
ときたま、鳴瀬さんが語る鮎子さんは強情で子どものようにわがままだったが、今はまさにそのようだった。
私は相変わらず戸口に立ってぼんやりと会話とはよべない言葉の哀しげな行き来を見守るしかない。
二人は私の存在に気付いているだろうがしかし、やめる気もないようだった。
「君が聞いてくれないなら意味がないのだよ」
まるで小さな子を諭す体を崩さず、鳴瀬さんが言うが、鮎子さんは耐えられなくなって溢れた涙を溢しながら部屋を飛び出した。
途中、私をちらと見て眉毛をへの字にしたまま微笑んだが、それに反応するより早く彼女は白い廊下を走り去ってしまった。
首を捻って鮎子さんを追っていた鳴瀬さんと目が合う。
「……すみませんでした、もう少し遅くに来たらよかった」
「鴎四朗くんが謝ることはひとつもないさ。眠り姫を起こさずにすんでよかった」
寝ている葵のそばの椅子に腰掛けて、しばらく布団の作るひだを見つめていたがそれもどことなくバツが悪く、こっそりと鳴瀬さんの方を見た。
彼は包帯の巻かれていない方の目で懸命に画板を見つめ、震える指で何かを書き付けていた。
私の視線に気付いたのか――病になってこの方、葵もそうだが自分以外の雰囲気に随分敏感である――、彼は顔を上げて口を開いた。
「…彼女、頭に血が昇ると周りがわからなくなるところがあってねえ」
「葵もそうですよ」
「美人は決まって気がつよいものさね」
「はっはっ、惚気ましたね」
「中々自慢することもできないからね。藤崎が懸想するのもわかる」
「えっ」
思わず自分の口から漏れた声があまりに間抜けで、恥ずかしく口を押さえたものの出てしまったものは隠しようがない。
鳴瀬さんはにこりと笑って画板にまた向き直る。だが、彼の意識がまだ私の方に向いているのはよくわかった。
「自慢の女性と、頼りになる旧友に遺言を残すのは馬鹿げていると思うかね」
二回目の間抜けな声が出てしまいそうになり、口をつぐんだ。

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