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どこをみているの
2025/02/08  [PR]
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2012/04/10  万年筆
ぱちん、という可愛げがある音と同時に病室の前にいた私は、しかし、決して可愛げな出来事があったわけではないのはよくわかっていた。
黄ばんでしまってもはや黄色に染まったカーテンが閉まっている病室は、いつも春の夕暮れのような色をしている。
昨日までの寒波が嘘のように、今日の昼間は汗ばむほどに暑かった。
春になると日差しの色も温度もかわる、といったのは葵だったろうか。
湿度を帯びるゆえに体感する温度が高くなるのはよくわかっていた。
病室の前に立ち尽くした私は、静かに小鼻の汗を拭いた。
「ごめんなさい」
小さな声は、不自然に手をあげたままの鮎子さんの口から漏れたものであった。だが、その声音は決して自分に非があるとは思っていない。
私は相も変わらず間抜けに立ち尽くしたまま寝台に身を起こしている鳴瀬さんを見つめていた。
首から画板をかけている先生は、なけなしの指で万年筆を持ったまま固まっている。
鮎子さんも鳴瀬さんも、わずかに震えているのがわかった。
「……先生、あんまりだわ」
「鮎子」
「藤崎さんも私もそんなことを望んでなどいませんし、それは、あんまりだわ」
最後は言葉にならないようで、泡のようにぶくぶくと固まってどこかに消えていった。
幸いなのか、葵は寝台の上で静かに寝ている。一度寝入ると中々目覚めないのは、普段共に生活していると難点であったが、今はそのまま眠っていてほしい。
葵は二人が諍いを起こしている姿など見たくないにちがいない。

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