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2011/05/19  ゆび
真っ白な病室を満たす空気も真っ白で、生きたものを拒む感じさえする。春だというのに温かさなど微塵もない。ただベージュ色のカーテンが纏められているだけである。
いつぞやに聞いたのとは違うだろうが、相も変わらず子供たちの笑い声が中庭から聞こえるのだった。空虚なこの部屋にいくら笑い声が響いても決して満たされることはない。私の隣で鴎四朗くんが鼻をすすった。
「私はまだ信じられないんです。ここに……いや、葵と生きた……葵が生きていたなどということ自体が」
声が震えている。
彼は私より小柄だが、こんなに小さく見えたのは初めてのことだった。鳴瀬が亡くなって二ヶ月後に葵くんもなくなった。彼の死に際も鳴瀬と同じように今までの苦悶を忘れたかのように穏やかだったという。
その朝、鮎子さんとともにこの病室を訪れると鳴瀬が横たわっていた空っぽの寝台の向かいも空っぽで、ただ一人、鴎四朗くんがまぶしげに窓の外を見つめていたのだった。
そして二日がたち、葵くんの病院葬が終わった今日が過ぎれば私たちはもうここに訪れることはないだろう。
「鳴瀬さんのときも……あんなによくしていただいたのにもう……本当は夢だったんじゃなかろうか、と、葵のことも、本当は」
彼の言葉はそれ以上繋がらず、ただの嗚咽になって消えていった。私は彼の震える肩に手を置いてやることしかできない。せめて私が震えないでいてやらねばならない。
「終わったそうですよ」
廊下を静かに歩いてきた鮎子さんが私がいる反対側から鴎四朗くんを覗き込む。彼は頷いた。私と鮎子さんも目を合わせて頷く。納骨をするのだ。鴎四朗くんを半ば抱えるようにしてその場を後にした。
廊下にある長椅子に目が行き、何度も座ったことを思い出す。大抵は鳴瀬が血を吹いたときだった。目玉が溶けたときもそうだった。鮎子さんと二人きりに、と下手に気を回して笑われたこともあった。寒い日もあれば暑い日もあった。鳴瀬が亡くなった日、鴎四朗くんもここに腰掛けていた。鮎子さんと鴎四朗くんとそして私と、三人寄り添い悲しみそして鳴瀬と葵くんのことを思った。
「……鴎四朗くん」
自然と口を開いていた。
「君が、葵くんと過ごした日々は本物だよ。葵くんは生きていたよ。最後まで。君が、鳴瀬が最後まで生きていたといったように――」
見慣れた廊下も窓からの景色も、消毒液の匂いも、今はまた新しいもののように感じる。
「君が葵くんを愛した日々は確かにあった。夢ではないよ」
「藤崎さん――」
彼らの関係については誰も何も問うことはなかったが、それが暗黙の了解でもあったし、私たちにとってはほんの些細なことだった。重要なのか、いかに彼らが互いを思い合っていたかだけだ。いかに互いを生きていたかだけだ。
私たちはそのまま納骨場までゆっくりと進んだ。病院のひとつひとつを脳裏に焼き付けようとしていたのかもしれない。

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