どこをみているの
2025/02/06 [PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
2013/08/02 うつくしいガラス玉が割れたら
世の中には欺瞞があふれている。
そういう颯太君は、でも、私は正しいとは思えなかった。お前だって嘘ばっかりついてるじゃないかってこっそり心の中で毒づいてやる。
颯太君はずるいのだ。嫌だ嫌だといいながらも人当たりがよくって、そういうのがなんだかんだうまくて、誰にでも好かれるのだから。欺瞞だ欺瞞だと言いながら、その欺瞞を受け入れているのは、お前だろうと思う。それはもう欺瞞じゃない。
わかっていながら、それに身を浸すのは、欺瞞なんていって非難する資格はない。彼もりっぱなその一部なのだから。嘘をつけって思って、私はゆっくりとビールを口に運んだ。
「颯太さん、梶本さん、飲んでますかあ?」
一年後輩の遊佐さんとかいう女の子が私と颯太君の前に座った。人事課の颯太君は今年新人の研修を担当していたので一年後輩たちの顔をよく知っている。私は何度か経理に来ていた彼女のことは顔も名前も知っていたけれど、じっくりと話したことはなかったので少し身構える。
「遊佐、お前飲んでる?」
「はい、飲んでますー、学生のときはビアガーデンとか来たことなかったから新鮮で、よかったです、これて」
「部長のおかげだかんな」
「はぁい、でも、颯太さん、誘ってもらってありがとうございます」
私は二人の会話を聞くともなしに聞きながら、ぼうっと喧騒に混じるいろんな会話にも耳を向けた。がやがやと、いろんな人がいろんなことを一斉に話しているせいで、何がなんだかわからなくってただただ目の前に映る景色が、耳に入る言葉が非日常としか思えない。
「梶本さんも、来てくれてうれしいです、なかなか来てくれないから」
「いや、いやいやいや」
「人見知りなんですか?」
そういうことを聞いてくる一年目のお前たちが苦手だから、そもそも、上の人に気を遣ったり気を使うことで気を引こうとして、そういうしたたかなな人間が好かれる空間だから、そしてお前たちはそういうしたたかさを持っているから来たくないんだ、とは言えなかった。
大人数の飲み会は自分の居場所がないということにスポットライトを当てられるようで、嫌いなのになおさらこんな場所は嫌いだ。仲の良い同期もおらず、喧騒の中で自分の周りだけが真空状態のように無音で息苦しい状況を、したたかな人間はいとも簡単に打開していく。そういうのが、私はできない。できないからこそ、来たくない。そこにいることに意味がある、なんていうのは、嘘だ。そんな言葉を考えたやつは、陽のあたる場所でしか生きてこなかったやつだ。
颯太君と遊佐さんはけたけた楽しそうに会話をしている。私はその会話を耳でとらえながら全く笑えなかったのでただ黙って、また、ビールを口に運んだ。楽しめる奴だけが楽しめばいいのだ。私の周りがいくら真空状態になっていたとして、それがどうだっていうのだろう。私はただ、したたかさがないからこそ、僻んでいるだけなのだ。
一年目を嫌うのも、自分が二年目なのに物覚えもよくなくてかわいさもないし、あんなふうに明るくふるまう元気もない。そういうのを求められていると分かりつつも改善する気もない。
ただただ、いろんな物事に閉口するばかりなのだ。
「かじちゃん来てくれるとは思わなかったよー」
今回のビアガーデンを部長と発起した戎くんが私の隣に座った。いつのまにか颯太君は部長と、部長を取り囲む一年目の女子たちの輪に入っている。私はイス一つ分離れた場所に座っていて、これでは真空状態というよりも宇宙に一人投げ出されているみたいになっている。それを見かねたのかもしれない。戎くんはいかにもな優しさを振りかざす子だ。
この飲み会は、あまり新人社員と交流のない部長が、同じ部の人事課や経理課そして総務課の一年目と二年目とを集めてのみに行こうと言い出した。それでその三課の一年目二年目を合わせても女子は私一人だったけれど、気付けば他課の一年目の女の子も来ていて、もともとないようなものだった私の意義はまったくもって無くなったのだった。部長が発起して、三課の一年目二年目が来いというのだから来たのに、結局他の一年めの女の子が目当てだったのは目に見えているし、だったら私は来たくなかった。こんな真空状態をなぜ味合わねばならないのか。
「でも私、来なくてもよかったと思う」
「またー、かじちゃんはなかなか飲み会来てくれないから、同期会もさー、ね」
戎くんはやきとりをもりもり食べてあは、と笑った。何がおかしいのか一切笑えない。同期も、仲の良い子は限られているので、どうせ同期会に行っても他の子と話すこともないのだから意味がない。親睦を深める気はない。だって、仲良くないのだから。この先も、なる見込みはないのだから。
「あ、戎さん、梶本さんと話してる、私も話したいです」
営業部の海江田さんが今度は正面に座った。
「おい、河本、かじちゃんは俺と話してんの」
海江田さんじゃなかったらしい。私はまた、ぬるくなったビールを飲んだ。
「梶本さん、レアですもん、一年目と二年目の飲み会来てくれなかったしい。うちら、嫌われてます?」
「あ、やだ、違うよ」
へらりと笑う。そうすると、河本さんがにこっと笑った。正直、吐きそうになる。
***
ということがありました。
PR
<<セレンディピティ
HOME
愛されたかったのは君の方>>
Category
ことば(225)
日々のこと(107)
オフライン情報(16)
拍手お返事(2)
感想(21)
Archive
201709(1)
201612(1)
201608(1)
201604(1)
201603(1)
忍者ブログ
[PR]