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2013/03/09  カリスト
「私、休職するかも」

ほこりっぽくて、質が良いとはいえない蛍光灯がぱしぱし鳴る更衣室で隣に座る同僚はそういった。
散々、私が持ってきたお弁当箱のふたがゆるくて、中に入れてきた肉豆腐の汁がこぼれていたことに笑った後だったので、私はまだ自分の手から香る、甘いお出汁の匂いに気をとられていて言葉を理解したというよりも、彼女が何か言った、というところの理解すらおぼつかなかった。

「え?」
「・・・・・・休職、するかも」

きゅうしょく。
その言葉がちゃんと漢字と結びついてもなお、よくわからない。
確かに、最近、彼女はお昼の時間にいなかったし、休みがちでもあった。体調が悪かったり、気分が乗らないときに休んでいるのだろうことはわかっていたけれど、後者の理由では休み癖がついてしまうとどんどん休む回数は増えてしまう。
同僚とはいえ、私の方が年上なのだし、しっかりしなきゃと叱咤激励でもしようと思っていた矢先のことだった。

「・・・・・・そうなの」
「うん・・・・・・なんか、この間心療内科、言ってきたら、ちょっとひどいって言われた」

彼女は、お弁当をつまみながらたんたんと語る。私は母が炊いてくれた五穀米にピンク色のたらこふりかけをかけながら、心療内科、という新しい単語を理解するのに必死になる。
友人と話しているときは平気。でも、平日の朝になると決まって起きられない。課にいてもすぐに不安になってどうしようもなくなって、頭がずっといたい。
うん、と、頷くばかりの私の声は消えてなくなりそうで、何を言ってももう彼女を追い詰めるだけになってしまいそうで、頑張れも、辛かったねも、何も、いえなかった。
だってさっきまで、私は肉豆腐で楽しげに笑って、できれば彼女を叱咤しようとしていたのだから。

彼女の働く課には女性が多く、ゆえに、面倒な派閥やもめごとが多い。と、思う。
そこに数人男は混じっているけれど、その男どもも女に感化されたのか面倒な男どもが多い、と、勝手に思っている。
私よりも数年遅く生まれてきた彼女はその透き通る肌のように透き通った心を持ち、いさかいを好まない。
人のことを悪く言うことも、貶めることも、おろかな行為だとちゃんと知っている、からこそ、
冗談でも話のネタにでも、他人が他人を追いやったりあざけったりすることに、極度の緊張を覚えていたのだろう。
たびたび、帰る時間が同じになれば会社近くのファストフード店やカフェなどによって
自分たちよりもはるかに長く働く、それでも歪んで見える大人たちへの不満を語った。

彼女の心の衰弱は、もちろん私もわかっていた。けれど、私には手を差し伸べる余裕もなかった。
言い訳ではなく、私も戦っていたのだといいたい。
誰もが誰も、自分の戦いをもっているのだと、言いたい。いさかいを好まない彼女は、戦場から逃げた。
命を、守らねばならないのだから。私はそれを、見送るしかない。大丈夫だよ、と、見送るしか、できない。

「人生、長いから、大丈夫だよ。好きなだけ、休めばいいよ」

ようやく出た言葉は、でも、涙で震えていた。彼女は鼻を大きく啜って、嗚咽を漏らす。

彼女は戦わないことを選んだ。美しい引き際だと思う。
私の戦いは、いつ終わるだろう。そんなことをぼんやり思った。

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