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2012/03/07  もものゼリー
「江野くん、今度うちおいでよ」
信楽さんは玄関でデザートブーツの紐を結びながら言う。
ネイビーブルーのタイトジーンズにサンドブラウンでバックスキンのブーツはよく似合っていた。
「ご飯は君より上手くないかもしれないけど、デザートは任せてよ」
「そんな、ことは」
「じゃ、また連絡するよ」
ふっ、と口の端でいつも通り笑うと、視線を残すこともせずにすっと出ていった。
開いたドアから夜の静かな闇と空気が、空気の籠もった部屋に吹き込み、顔を洗ったように気持ちが上向きになる。
信楽さんの髪の毛がふわりとゆれたのが、妙に印象的だった。

彼から告白を受け、まだ明確な返事はしないでいた。
ゲイの世界では様々な形の付き合い方があって、おそらくノーマルの人よりは寛容な部分があると思う。
特定のパートナーは作らず、いわゆるセフレなるものとよろしくやる人もいれば、パートナーは作っても基本的に性生活はフリーだったり。
とはいえ、今まで付き合った相手は僕以外のパートナーの影を感じさせなかったし、イズミの場合は少し特殊ではあったけど、男の相手は僕だけだったろう。
でも、信楽さんはどうだろう。もしかしたら他に相手がいるのかもしれないし、とりあえず体の相手をしてほしいのかもしれない。
次に信楽さんの家にいけば、出かけてはいないがデートは三回目となる。伺いの期間は終わる。
流石に僕も男だから、そういった欲求をストレートにぶつけたいと思うことに嫌悪感はない。
することになれば、きっとたつものはたつし、できる。
けれど、あの夜の、僕に告白した夜の信楽さんを思い出すほど、こんな簡単に出して良い答えなのかと思うのだった。

誠心誠意、答えたらいいよ。

いつかのイズミの声を思い出す。



「いらっしゃい」
初めて行く信楽さんのマンションは、僕のすむアパートからは電車で一本だった。
跡取りだと言うのに実家に住まないのかという僕の下らない問いに対して、嫡男は逆に距離を取ったほうがいいんだ、と彼は笑った。
白い壁に白いカーテン、リビングの麻地のソファもカスタード色で、まるでモデルルームに来たかのようだ。
夜は僕が仕事のため昼間にお邪魔したが、ゆるやかに差し込む早春の陽光がさらに部屋を綺麗に浮き立たせる。
フローリングにできたレースの薄い灰色の影が美しかった。
ダイニングキッチンには、もう二人分の食器がセッティングされている。
「急に食べたくなってさ、ひねりも何もないけど」
彼がよそってくれたのは親子丼だった。
新鮮な有精卵をつかっているのだろう、普通の卵では中々見られないオレンジ色の溶き卵が目に鮮やかだった。甘いかおりが湧水のようにこんこんと溢れていた。
上からさらりと一つまみ、粉山椒をふりかける。
異様に存在感のある、業務用の形に似たシルバーの冷蔵庫から漬物と春雨のサラダもでてきた。
テーブルにふせてあったお椀に山芋のお吸い物を注ぐ。
二人向き合って、手を合わせる。
「いただきます」
声がそろい、目を上げると彼もこちらを見ていて、どちらともなく微笑んだ。
卵には白だしを入れたのだと言う言葉を聞きながら、鶏肉を口に運ぶ。
仕事柄あまり和食を食べない所為で、押さえただしの香りが舌から鼻へ抜けていくのが心地好く感じる。
実家で食べる親子丼はかなり甘めで、自分でつくるときも自然とその味に近付けようとするので甘くなってしまうが、信楽さんの親子丼は甘さ控えめでその代わりに玉ねぎと卵がびっくりするほど甘かった。
「めちゃくちゃ美味しいですね」
「よかった、舌に合ったみたいで」
「だしが、いいですね」
「最高の誉め言葉だ。女の子がお肌がすごく綺麗だねって誉められたら、こんな気持ちなんだろね」

「これもどう」
食後、淹れてもらったほうじ茶を飲んでいると、また冷蔵庫から何か出てきた。
シャンパングラスには、黄色と白のゼリーが交互に層を作っており、一番上にはシャンパンゴールドのクラッシュされたゼリーが載せられている。ミントの緑色が鮮やかにはえていた。
テーブルに置かれた振動で、ゼリーがふるふると揺れる。よく見ると、黄色の部分には四角い果肉と、白い部分にはタピオカが入っていた。自然とため息がでる。
「すごい」
「固めてるだけだけどね。今更だけど乳製品のアレルギーとかない?」
「大丈夫です」
「よかった。白いのはココナツミルクで、黄色はマンゴーと黄桃。クラッシュは桃のカクテルで作ってみた」
「信楽さんが、洋菓子作ってるなんて変な感じ、だけど和菓子って感じもないか」
「じゃあなんだよ」
パフェスプーンをこちらに差し出した彼は呆れた様に笑った。グラスをくるくる回していろんな角度から見ている。
「試作品?」
「そうともいう。写真撮っていいかな」
「どうぞ」
イスから立ち上がり隅によっている間に、信楽さんはデジカメを持ってきて何枚か写真をとっていた。
このために内装白くしてんだよ、と独り言みたいにこぼした。
「光の加減とか、ちょうどよくおいしく見えるんだ」
そういって、デジカメの液晶を見せてくれる。確かに、実物以上に美しく美味しそうなもものゼリーがそこには収められていた。来年オープン予定のカフェダイニングのメニューの候補にするんだ、と彼は思案顔で言う。
「女の子に受けそうですね、あとカナッペとかつけたりして」
「どうでもいいけどさ、江野くん中々敬語なくなんないね、年違わないのにさ」
信楽さんはデジカメを片手でテーブルに置片手で僕の手を持った。温かく、すこしかさついた手は職人の手だった。鼓動が跳ね上がる。
「……距離、はかりかねてる?」
「正直……僕はゲイだし、信楽さんもそうですよね。だけど付き合い方には個性がある、から、ただ、でも……迫られてはないから、なんというか……」
「俺はさ、」
信楽さんが僕の手を軽く引く。されるがままに近づくと、そのまま優しく抱き締められた。彼のコットンシャツからは白だしの柔らかく懐かしいにおいがした。背中に手を触れるか触れないか程度で抱き返した。
「江野くんのそういうとこが好きだなって思うんだ、けど、そりゃやりたいけど、さ」
「……やってみますか」
自分の口から出た言葉が、自分の頭上を漂っているように思えた。僕の背中に回された彼の手が、僅かに強ばる。
ふと横目で見たもものゼリーが2つ、きらりと光って見えた。

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