どこをみているの
2026/06/15 [PR]
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2012/08/24 夕月
カランコロンと街中には軽快な下駄の音が響いている。普段から聞きなれている草履の音とは違い、夏のこの時期専属の楽隊である。
私をちらと見ては、なにか楽しげに笑い合う少女たちの浴衣の袂が涼しく揺れていた。
格子に千鳥、桔梗や朝顔の柄の小さな浴衣を、母親が裁縫したのだと思うと微笑ましい。経子帯がビロードのようにさえ見えるものである。
「お待たせしまして」
本来なぜ自分が此処にたっていたのかをすっかり忘れていた私を見透かしたように笑い、鮎子が立っていた。
白地に藍色の桔梗の花の入った浴衣である。先ほどの子どもと同じ柄ではあったがやはりそこは大人の風格ともいうべきか、少しくすんだ紅色の帯が、他にはない色香を与えているのであった。
近くのお宮で祭りがあるからと言い出したのは、女中のキヨだったかマサだったかで、いっそのこと皆でいけばよいと言ったのは藤崎であった。我が家の主人は曲がりなりにも私のはずなのだが、女中たちは藤崎の言うことをよく聞くので困ったものである。
「大先生は行かないのかね?」
浴衣を新調したいなどと女中たちが騒ぐそばで、縁側に腰かける私の隣に藤崎がやってきた。膝を組み、その上に肘をついて不適な笑みを浮かべている。
「人の多いところは苦手でね」
「言葉を商売にしているのに、お前さんは言葉の裏が読めないのかね? 姫様がお待ちだよ」
彼が顎をしゃくる。顔を向けると、女中の会話に頷いてみせる鮎子がいた。
彼女自身はいきたいなどとおくびにもださないが、昔、まだ彼女に教えていた時なぞは、勉強の合間に縁日に出たものだった。
数ヶ月前に離縁してから、ことあるごとにここに遊びに来て細々したことをしてくれる彼女だが、こちらに気を遣わせようとしない。
無理をしているのか、まだ心の傷も癒えぬだろうに、もう私や藤崎のことに気を回している。
その彼女のことだ、離縁に踏み切るまでも、踏み切ってからもさぞ辛いこともあったであろう。
気の優しい者ほど誰かを気遣い疲れてまう。
「鮎子」
「はぁい? 明日のお買い物ならマサさんが」
「祭りでもいこうか」
夕刻になり、女中たちが帰るのを見届け、自分も帰ろうとする彼女を呼び止めてそう言った。祭りの話はもう忘却の彼方だったらしく、鮎子は目を丸くして何を言っているかわからない、と言う顔で固まった。女学生時代に、幾何などを教えてやったときと変わらない表情で、ぷと吹き出しそうになる。
「なんだねその顔は」
「いいえ、だって先生が真面目な顔で仰るから。どんな神妙なことかと思いましたわ」
「君にとっての神妙は明日の買い物のことかね」
「あら、馬鹿になさるならいいのよ」
不貞腐れたような顔を見せた彼女だったが、すぐに向きをこちらに戻し、優しく微笑んむ。穏やかな彼女に一体どんな不備があったというのだろうか。
じ、と眺めているとさすがの彼女も恥ずかしさを覚えたらしく、仄かに頬を染めた。
「浴衣でも、着てきたらいいさ。あれは見目に涼しくていい」
「そうですわね、大先生との逢瀬ですもの、着飾らなければね」
「いつの間にそんな口を聞くようになったのだか」
うふふ、と、芙蓉のような静かでけれども満面の笑みを残し、彼女は我が家の玄関を後にした。
当日になり、藤崎が来いと言った時間にお宮の前にいると、待てど暮らせど彼や、今日のために暇をやった女中たちもやってこない。からすの鳴き声が西日に染まる空に吸い込まれる頃には、自分が狐に騙されているような気がし――お宮は稲荷ではなかったが――浴衣姿の子供らが増えたころには藤崎らが示しあわせて笑っているのだろうとばつが悪く、そして、目の前にわずかに汗をかいた鮎子が現れた段になって、彼女以外が示しあわせて、二人で行けと言うことなのだと了解した。
まだ意味がわからないらしい鮎子は、藤崎や女中の姿を探している様子だったが、いい意味で鷹揚な彼のことであると思ったのかさして何かを言うこともなく、私の隣に並んだ。
彼女がこんなに仕立ての良い浴衣なら、私ももう少しまともなものを着ようが、いつもの着ざらした、半ば寝巻きの浴衣にしてしまった。
そっと彼女を盗み見ると、しゃんと背中を伸ばして歩いている。首筋に張り付いた幾本かの髪が、十代にはない女たるものを匂わせた。
彼女とは、幼い時分から関わりもあり、ときには兄妹のように、ときには友人のように接してもいたわけだが、必ず彼女にも、そして私にも、知らない部分はある。それが、彼女の首筋にちらついているのであった。
ヒグラシやツクツクボウシと競うように、下駄の音が響いている。
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2012/07/28 おと 2
おと、はいつも以上に小難しい顔をして僕の目の前にどっかと腰を下ろしている。
さっきから何を話し掛けても生返事ばかりで、一度だけくしゃみをしたきり、声らしい声もあげない。
僕は剥くのが難しい桃なんぞを持ってきた彼を呪わしく思いながら、ゆっくり皮を剥いていた。
最初に皮を剥いたのはもうずいぶん茶色に染まっていた。でも、僕は変色してしまった桃の方が好きだ。
勘違いだとは思うが、酸化が進んだ桃の方が甘い気がする。
むしむしと暑い部屋で、鼻の頭に汗までかいて桃を剥く。相変わらずおとは黙っていた。
「桃って、剥く前の方が桃の匂いがするよね」
「ああ」
何度目の生返事か、もう数えなかった。彼は今、思考の海に溺れて死にかけなのだ。
僕が助けようとしても、それは救助には使えない石ころや細い紐でを投げ入れているだけ。
彼自身が落ち着いて、そこがほんとは浅瀬であることに気付かなければ意味がない。
もしくは、海なんだから、じっとしていれば浮くのに。口が避けても言わないし、僕の海は浅瀬で浮けるけど彼の海は水深云キロメートルの、浮くのが難しい真水に近い海なのかもしれない。
「桃、食べないかい」
「ああ、食べるよ」
差し出したフォークを受け取り、おとは茶色くなった桃を食べはじめる。僕の指からは桃の甘い芳香が漂っていた。
「何を考えていたの?」
我慢出来ずに尋ねると、おとは手をとめて暫く僕を見つめていた。しくじったかなと思いつつ、訊かれたくないのならここで悩まなければよい。とはいえ、僕はこの質問を口にできただけで大満足で達成感すらえられていたので、おとの返事は特に期待していなかった。でもきっと、彼なら応えるだろうという気もしていた。
「何、というと難しいもんだから、考え込んでみるものの、やがて曖昧になった悩みの後味だけが舌先に残るよ」
おとは一息にそういって、桃にぷすりとフォークを突き立てもそもそ食べた。口の端に果汁がついててらてら光る。僕は指を伸ばしてそれを拭いてやった。彼は小さく、ありがとう、とつぶやいて甘ったるい吐息を吐き出す。
「悪いと思ってる、ただ、」
彼の声は上ずり、言葉が喉につまる。おとが一生懸命に言葉を探す時間が、僕は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
「悪いことなんて、なにもない。君が嫌いなら、こんな桃なんぞ剥くもんか」
「そうだな。お前のそういうとこに惚れたよ」
おとは力なく笑い、僕の腕を引く。まだ桃の匂いが強くするだろうその指を咥え、丁寧に舐めると最後に指先に啄むような口付けをした。
2012/07/22 きりり
きりり
らりり
ゆりり
きみの
くうき
こおり
われた
なけば
らくに
なると
おもう
さりり
とりり
うるり
なみだ
こらえ
きみは
こおる
ぼくは
つまり
さめて
わらう
ごめん
いいよ
うわべ
すべる
ちりり
ねりり
つるり
またね
うそを
ついて
わかれ
きずが
ついた
こころ
いえぬ
ぼくの
ことば
きみに
すてた
いらぬ
おもい
きみに
すてた
ずっと
わかり
あえる
ことは
ないと
ぼくは
ずっと
しって
いたさ
2012/07/16 FOR
やさしいぼうげん
いとしいざれごと
かなしいゆうぎ
きみがのぞむもの
ねたみやそねみ
からっぽのこころ
あしのゆびからあたまのさき
なんにもはいってないぼく
ぺいずりーがらのすかーと
きみのおきにいり
かわいいとほめた
なんまんねんまえかに
てくびのほくろ
ふやけたささくれ
たくさんおぼえてる
かわりに
すこしわすれた
きみがだいすきだった
ぼくのぶきようなはなし
まだしていないのが
にひゃくさんちょうこ
きいてくれるなら
たのしいがくたいをよぼう
ね、なにがふまんなの
かわいいかおがだいなし
いってもいわなくても
きみはあきらめて
もっとうつくしく
つよくなれる
つよくなれる
なりたいとねがってないた
しにたいとわらっていった
かなしいとすがってころび
また
なりたいとうたってねがう
うつくしく、けだかく、
やさしく、きびしく、
つよく、まっすぐに、
せいじつで、ときによわく、
きみがのぞむもの
ぼくがしるはなし
きみに
ぼくに
あたえられるもの
あたえることができるもの
ゆるされなくても
ゆるしても
いつかてにするもの
かならずむくわれるもの
きっと、つよくなる
2012/06/26 BIRTHDAY
バースデイ
きみのうまれた日
ぼくのうまれた日
意味のない1日
意味のある1日
バースデイ
何もしないで日がくれる
昨日のぼくと今日のぼく
暦の上では違うぼく
変わりたくないきみがいる
バースデイ
ハッピーバースデイ
ハッピーバースデイトゥーユー
聞こえてますか
聞こえてませんか
きみを祝おう
これからさきの
なんまんものいのちとの出会いを
わかれを、
きせきを、
じあいを
きっときみも気付くはず
バースデイ
ハッピーバースデイ
ハッピーバースデイトゥーミー
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